もう築20年を過ぎ、
いくら母が綺麗にしていても、
あちこちボロがではじめた。
今日は1階のウォシュレットから、
オイルのようなものが漏れるというので、
交換することに。
トイレ全体を変えるという案もあったが、
できるだけ現状維持ということで、
上のウォシュレットの部分だけを交換。
とはいえ、
20年の進歩はすごい。
トイレのドアを開けただけで便器の蓋が自動で開く。
それだけでびっくりだ。
用を済ませると勝手に水が流れ、
ドアを閉めたら便器の蓋も閉まる。
前には門扉の掛け金が折れたし、
洗濯機も変えた。
冷蔵庫や食洗機だって、
早晩ガタがくるだろう。
2階のトイレだって怪しい。
母はリビングのカーテンが限界だと言っている。
僕は全く感じないけど。
でもここは母の家だ。
好きにすればいい。
僕は一切口を挟まない。
自分の部屋以外は、
極力、
昔のままにしておきたい。
親父がいた頃のままに。
どんなに大事に扱っていても、
物も人間と同じように歳をとる。
物は交換すればまた新品になるけど、
人間はそうはいかない。
衰えゆく体と競走しながら、
自分の技術を磨く。
生涯学習としてジャズを初めて何年になるだろう。
進歩しないのに続けていられるのはなぜか考えてみた。
結局、
これ以外、
仕事の他に続けてきたことがないのだ。
もしこれを諦めたら、
僕のこの10年は、
ただ仕事をしてきただけの存在になってしまう。
これはもう半ば意地だ。
何があっても引き返すことはできない。
諦められない背景にはそういった思いがある。
自分からそれを取ったら何が残るの?
そんなことを言うレベルですらないけど、
その10年が僕を支える。
半分、青いの主人公は漫画に10年没頭して、
自分は飛べないと悟って夢を手放した。
旦那は諦めきれず妻子を捨てて映画の世界に戻った。
あの旦那は将来、
映画で成功したとしてもそのことを一生後悔するだろう。
離婚しなくても映画は撮れると大人は思うが、
でもあの年代ではそのことは分からない。
人は愚かな選択をし、
傷つき、
でもまた這い上がる。
僕にはあの旦那の気持ちも、
キムラ緑子の気持ちもわかる。
だから切なくて見入ってしまう。
なんだか支離滅裂になってしまった。
なんでウォシュレットの交換が若者の夢に繋がるのか。
つまり、
平和の維持と、
夢を諦めることとの関係みたいなことを言いたいのだと思う。
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