例えば30年後の日本は、
今と大きく変わっているだろう。
その変化は、
僕には想像もつかない形になっているはずだ。
仕事のあり方、
家庭のあり方、
経済のあり方、
政治のあり方、
教育のあり方、
何もかもが。
残念だけど、
僕が想像できないのは、
昭和という時代に生まれ生きてきた半世紀の記憶があるからだ。
どんな新しい流れが訪れても、
僕はこれまでの経験で理解しようとする。
それは避けられない。
まっさらな心でその流れを理解できない。
つまり時代に取り残された遺物だ。
でもそれは仕方のないことで、
割り切って自分なりに生きて行くしかない。
その頃はその時代の若い人がバリバリと日本を作る。
第一、
30年後に生きている保証はないし、
かなりの確率で僕はいない。
万一生きていたとしも、
もう隠居。
世の流れをただ傍観して、
自分の過去を反芻してのんびり過ごす。
未来が語られ、
理解しようともするが、
プログラム一つ書けない人間には、
最初っから無理。
そう決めつけるのもなんだけど、
今から100メートルを10秒で走れないのと同じぐらい無理。
できることを粛々と。
でもそれなりに足掻くよ。
なんたってまだ十年や二十年はあるんだから。
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