映画「おくりびと」は依然見ていないのだが、
代わりに原作というべき「納棺夫日記」(青木新門著、文春文庫)を読んだ。
とてもいい。
仏教的には「生」と「死」は本来不可分の「生死」であるのに、
現代社会は「生」の側に過剰な重みを置いて、
その反動として「死」を忌み嫌うようになった。
ひょんなことから死体を納棺する仕事についた著者は、
その体験を通して「生死」について考える。
そのプロセスがてらいなく綴られ、
時にはっとさせられた。
「いつの時代になっても、生に立脚し、生に視点を置いたまま適当に死を想像して、さもありなんといった思想などを構築したりするものが後を絶たない。特に、人間の知を頑なに信じ、現場の知には疎く、それでいて感性は生に執着したままの知識人に多い」
死の視点からを生を想像する。
そうだ。
「メメント・モリ」(死を想え)だ。
ちょうど藤原新也の写真集「メメント・モリ」(三五館)を並行して読んで(見て)いて、
これも何かの縁かと思う。
1990年に発行された著者のインド旅行の記録だ。
ここには生死が渾然一体となった世界がある。
●「おくりびと」には縁がないのだろう●何気につけたNHK芸術劇場「平成のぞきからくり・破れ傘長庵」が抜群。人形劇と俳優のコラボ?そして同じ舞台上で高橋悠治がピアノを弾いている。何とも異色な取り合わせで、引きずり込まれた。
2009年3月28日土曜日
2009年3月27日金曜日
洗練
美智子皇后の若かりし頃、
天皇と結婚した頃の映像を見ると、
いつも「本当に綺麗だなぁ」と思う。
夕べもそんな特番をやっていて、
ちらっと見たのだが、
二人が結婚した昭和34年というのは、
敗戦から14年しか経っていなかった訳だ。
きらびやかな衣装と馬車のパレードなど、
残された映像だけ見ているとつい忘れてしまいそうになる。
当時はまだ敗戦の痛手が日本中に残っていたはずだ。
でも数十年もたつと、
記録されたものだけが「真実」になっていく。
民間から初めての皇族入りで、
インタビュー映像を見ると、
皇族の一員になるにあたって、
自分が生まれ育った民間の名を汚さぬように頑張る、
みたいなことを言っていて、
単純にすごいなと思った。
普通なら「皇室の名を汚さぬよう頑張る」だろう。
民間出身(という言い方も変だけど)ということを誇り、
その代表として皇室に嫁ぐのだという意気を感じた。
と同時に、
当時は民間と皇室の距離が今よりずっと近かったのではないかとも思った。
ぼくの感触からいっても、
皇室報道というのは年々洗練されてきたけど、
その分逆に庶民との距離感は広がったのではないか。
「洗練」といえば聞こえはいいが、
要は壁を見えなくしただけではないのか。
壁はドーンと見えるうちはまだマシで、
皇室と民間の壁は消えたけど、
実は双方海を挟んで離れ離れになってしまったみたいな。
同じようにこの世には、
暴力も、
差別も、
搾取も、
偏見も、
抑圧も、
苛めも、
本当は前よりずっと激しく存在しているのだろう。
皇后の「逸話」が語られる度に、
「マサコサマ」を不憫に思う。
外務省でバリバリ働いていたのにねぇ。
見えない壁の彼方で、
インターネットも、
包丁使った料理も、
きっとさせてもらえないんだろうなぁ。
いつまでも洗練されない作り笑い。
前は好きではなかったが、
今はあれが一番正直なんだなと思う。
●「マサコサマ」同学年なんだよねぇ●ペンギンさんは今日はご機嫌で挨拶してくれた。ぼくも嬉しくなった。
天皇と結婚した頃の映像を見ると、
いつも「本当に綺麗だなぁ」と思う。
夕べもそんな特番をやっていて、
ちらっと見たのだが、
二人が結婚した昭和34年というのは、
敗戦から14年しか経っていなかった訳だ。
きらびやかな衣装と馬車のパレードなど、
残された映像だけ見ているとつい忘れてしまいそうになる。
当時はまだ敗戦の痛手が日本中に残っていたはずだ。
でも数十年もたつと、
記録されたものだけが「真実」になっていく。
民間から初めての皇族入りで、
インタビュー映像を見ると、
皇族の一員になるにあたって、
自分が生まれ育った民間の名を汚さぬように頑張る、
みたいなことを言っていて、
単純にすごいなと思った。
普通なら「皇室の名を汚さぬよう頑張る」だろう。
民間出身(という言い方も変だけど)ということを誇り、
その代表として皇室に嫁ぐのだという意気を感じた。
と同時に、
当時は民間と皇室の距離が今よりずっと近かったのではないかとも思った。
ぼくの感触からいっても、
皇室報道というのは年々洗練されてきたけど、
その分逆に庶民との距離感は広がったのではないか。
「洗練」といえば聞こえはいいが、
要は壁を見えなくしただけではないのか。
壁はドーンと見えるうちはまだマシで、
皇室と民間の壁は消えたけど、
実は双方海を挟んで離れ離れになってしまったみたいな。
同じようにこの世には、
暴力も、
差別も、
搾取も、
偏見も、
抑圧も、
苛めも、
本当は前よりずっと激しく存在しているのだろう。
皇后の「逸話」が語られる度に、
「マサコサマ」を不憫に思う。
外務省でバリバリ働いていたのにねぇ。
見えない壁の彼方で、
インターネットも、
包丁使った料理も、
きっとさせてもらえないんだろうなぁ。
いつまでも洗練されない作り笑い。
前は好きではなかったが、
今はあれが一番正直なんだなと思う。
●「マサコサマ」同学年なんだよねぇ●ペンギンさんは今日はご機嫌で挨拶してくれた。ぼくも嬉しくなった。
2009年3月26日木曜日
呑気
母は料理番組を見るのが大好きだ。
食い入るように見ながら、
紹介されるレシピを一生懸命書き写す。
これまでに書きためたメモは相当な量にのぼる。
しかし困ったことが起きた。
古いTVには画面を静止する機能があった。
書くのが遅くても、
心おきなく時間がかけれた。
ところが新しいTVではその手が使えない。
母の能力では、
実際に映される時間では間に合わないのだ。。
そこで母は考えた。
レシピ画面を携帯のカメラで写すのだという。
「拡大してゆっくり見んねん」
老眼の母には大画面TVの文字でも読むのが辛かったのだ。
新技を発見した母は得意満面である。
そんなの録画してから静止すればいいだけなのに。
いやそれよりも問題なのは、
依然としてそれらのレシピが食卓に並ぶことがない方だ。
「だって失敗したらもったいないやろ」
「なら写すなよと」突っ込むべきだろうが、
やっぱりこらえた。
ハハ呑気だねぇ~♪
●「おくりびと」を借りようとTUTAYAへ行ったら全部貸し出し中。結局、何となく見たかった松山ケンイチ主演「デトロイト・メタル・シティ」(李闘士男監督)を借りて見た。感想は別の機会にでも。
食い入るように見ながら、
紹介されるレシピを一生懸命書き写す。
これまでに書きためたメモは相当な量にのぼる。
しかし困ったことが起きた。
古いTVには画面を静止する機能があった。
書くのが遅くても、
心おきなく時間がかけれた。
ところが新しいTVではその手が使えない。
母の能力では、
実際に映される時間では間に合わないのだ。。
そこで母は考えた。
レシピ画面を携帯のカメラで写すのだという。
「拡大してゆっくり見んねん」
老眼の母には大画面TVの文字でも読むのが辛かったのだ。
新技を発見した母は得意満面である。
そんなの録画してから静止すればいいだけなのに。
いやそれよりも問題なのは、
依然としてそれらのレシピが食卓に並ぶことがない方だ。
「だって失敗したらもったいないやろ」
「なら写すなよと」突っ込むべきだろうが、
やっぱりこらえた。
ハハ呑気だねぇ~♪
●「おくりびと」を借りようとTUTAYAへ行ったら全部貸し出し中。結局、何となく見たかった松山ケンイチ主演「デトロイト・メタル・シティ」(李闘士男監督)を借りて見た。感想は別の機会にでも。
2009年3月25日水曜日
所以
10回2死2、3塁。
またとない打席に入ったイチローは、
頭の中で実況中継していたという。
「さぁ絶好の場面で打席にはイチロー」みたいな。
これって野球少年そのものだ。
男なら誰でも子供のころ同じような経験があるんじゃないかな。
「打った~逆転サヨナラ満塁ホームラーン」
独り言を言いながら、
日暮れも忘れバットを振った日が。
それにしても不振にあえいだ大会だった。
試合後のインタビューで、
「痛覚に感じられない痛みを感じた」と表現した。
天才も人間だったと誰もが感じた。
その一方、
「本当は無の境地でいたかったけど、ここで打ったらオレ持ってるな」と思ったという。
「神が降りてきました」とも。
無心にはなれなかったかもしれないが、
土壇場でも無邪気であれた。
それがイチローのイチローたる所以だ。
精神的には依然天才であることは間違いない。
ただ、
彼が本当に蘇生したのかどうか。
それはメジャーが開幕してみないとわからない。
35歳。
天才にも年齢の壁はいずれやってくる。
4年後のWBCでも彼の雄姿が見られる保証はない。
いずれにせよ、
ぼくらは一人の天才バッターの一挙一動を見れた。
幸運なことだと思う。
●いやぁ疲れました。。。
またとない打席に入ったイチローは、
頭の中で実況中継していたという。
「さぁ絶好の場面で打席にはイチロー」みたいな。
これって野球少年そのものだ。
男なら誰でも子供のころ同じような経験があるんじゃないかな。
「打った~逆転サヨナラ満塁ホームラーン」
独り言を言いながら、
日暮れも忘れバットを振った日が。
それにしても不振にあえいだ大会だった。
試合後のインタビューで、
「痛覚に感じられない痛みを感じた」と表現した。
天才も人間だったと誰もが感じた。
その一方、
「本当は無の境地でいたかったけど、ここで打ったらオレ持ってるな」と思ったという。
「神が降りてきました」とも。
無心にはなれなかったかもしれないが、
土壇場でも無邪気であれた。
それがイチローのイチローたる所以だ。
精神的には依然天才であることは間違いない。
ただ、
彼が本当に蘇生したのかどうか。
それはメジャーが開幕してみないとわからない。
35歳。
天才にも年齢の壁はいずれやってくる。
4年後のWBCでも彼の雄姿が見られる保証はない。
いずれにせよ、
ぼくらは一人の天才バッターの一挙一動を見れた。
幸運なことだと思う。
●いやぁ疲れました。。。
2009年3月24日火曜日
日韓
いまWBC決勝戦をTV観戦している。
相手は宿敵韓国。
雌雄を決する大一番だ。
死闘の予感がする。
3年前の前回決勝戦。
ぼくは東京で観戦していた。
初めての大会。
宙に舞う王監督。
野球少年のようにはしゃぐイチローが印象的だった。
日本代表も監督は原となり、
「侍ジャパン」の愛称がついた。
列島の高揚感は一段と増している。
この3年でぼくの生活も激変した。
でもこの高揚感は変わらない。
今大会5度目となる韓国戦。
かつて見られた殺気だった雰囲気は消え、
互いを認め合った真剣勝負が繰り広げられてきた。
ここまで2勝2敗。
がっぷり四つで迎えた頂上決戦だ。
プレイボールから観戦している。
韓国が同点に追いついた9回。
そして10回、
本気のイチローを見た。
2死2、3塁で勝負した韓国も偉い。
本当にいい試合になった。
もう結果はどうでもいい。
十分ありがとう。
●さあ仕事、仕事。
相手は宿敵韓国。
雌雄を決する大一番だ。
死闘の予感がする。
3年前の前回決勝戦。
ぼくは東京で観戦していた。
初めての大会。
宙に舞う王監督。
野球少年のようにはしゃぐイチローが印象的だった。
日本代表も監督は原となり、
「侍ジャパン」の愛称がついた。
列島の高揚感は一段と増している。
この3年でぼくの生活も激変した。
でもこの高揚感は変わらない。
今大会5度目となる韓国戦。
かつて見られた殺気だった雰囲気は消え、
互いを認め合った真剣勝負が繰り広げられてきた。
ここまで2勝2敗。
がっぷり四つで迎えた頂上決戦だ。
プレイボールから観戦している。
韓国が同点に追いついた9回。
そして10回、
本気のイチローを見た。
2死2、3塁で勝負した韓国も偉い。
本当にいい試合になった。
もう結果はどうでもいい。
十分ありがとう。
●さあ仕事、仕事。
2009年3月23日月曜日
爛漫
街にコブクロの「桜」が流れている。
もうそんな季節か。
また四季のサイクルが巡ったのだ。
この歌を聞くと、
花びらを揺らす暖かな風の感触とともに、
「希望」や「始まり」の予感がする。
そして同時にぼくにとっては、
「惜別」や「慟哭」の切ない余韻でもある。
近所の公園の桜は、
子どもの頃から生えていた。
幹のそばにベンチがあって、
そこに腰掛け、
何度も仰ぎ見てきた。
桜の花が必ず散るように、
だれも同じ場所に留まることはできない。
自分から踏み出そうが、
他人に押し出されようが、
いずれその場をハラハラと去らねばならない。
時に誰かと共に。
時に一人きりで。
ぼくの多くをこの桜は知っている。
咲き誇る花に包まれた笑顔も。
寒さに耐える枝の下で、
ウイスキーをあおりながら流した涙も。
一年のほんの数日見せる春爛漫。
それはぼくの愚鈍な人生について、
「それでもいいんだよ」と、
肩ごしに囁いてくれているのかもしれない。
●情熱大陸は堺雅人。なるほど演技がうまいはずだと納得の経歴でした。
もうそんな季節か。
また四季のサイクルが巡ったのだ。
この歌を聞くと、
花びらを揺らす暖かな風の感触とともに、
「希望」や「始まり」の予感がする。
そして同時にぼくにとっては、
「惜別」や「慟哭」の切ない余韻でもある。
近所の公園の桜は、
子どもの頃から生えていた。
幹のそばにベンチがあって、
そこに腰掛け、
何度も仰ぎ見てきた。
桜の花が必ず散るように、
だれも同じ場所に留まることはできない。
自分から踏み出そうが、
他人に押し出されようが、
いずれその場をハラハラと去らねばならない。
時に誰かと共に。
時に一人きりで。
ぼくの多くをこの桜は知っている。
咲き誇る花に包まれた笑顔も。
寒さに耐える枝の下で、
ウイスキーをあおりながら流した涙も。
一年のほんの数日見せる春爛漫。
それはぼくの愚鈍な人生について、
「それでもいいんだよ」と、
肩ごしに囁いてくれているのかもしれない。
●情熱大陸は堺雅人。なるほど演技がうまいはずだと納得の経歴でした。
2009年3月22日日曜日
裸体
ゴヤに「裸のマハ」と「着衣のマハ」という傑作絵画がある。
同じポーズでソファーに横たわる若い女性。
一枚はオールヌードでもう一枚は服を着ている。
この作品はある貴族の家の壁に飾られていた。
普段は「着衣」のほうが見えるようになっていて、
絵をくるりと回転させると、
背中合わせに飾られた「裸」の方が見える仕組みだった。
裸体画などトンデモナイという時代。
貴族が夜な夜なこの絵を楽しんでいたと思うと、
昔も今も「エロス」の感覚は変わらないんだなぁと思っていたら、
発売中の広告批評に篠山紀信のヌード写真があって、
これが東京のど真ん中で撮られたものだった。
都心の歩道橋の上で、
ハイヒールだけはいてしゃがむ女。
コンビニで下半身を露出する女。
女女女女。。。
一瞬どこかで見たような絵柄だと思ったら、
かつての「投稿写真」あたりの雑誌に載っていた素人写真に似ている。
健全な人のために言うと、
世の中には露出写真マニアという人種がいるのです。
でも大きく違う点がひとつあった。
それはモデルが恥ずかしがってないことだ。
「羞恥」が抜かき取られた篠山のヌードにエロスはない。
ただ圧倒的な「異物感」だけが存在する。
素人の露悪趣味も、
世界のシノヤマに手にかかれば芸術になる。
確信犯。
その度胸が痛快だ。
●宮沢りえのサンタ・フェの新聞広告に度肝を抜かれたのは、かれこれ20年近く前。驚かせるのが好きなんだな。この人は。小躍りしている様が目に浮かぶ。
同じポーズでソファーに横たわる若い女性。
一枚はオールヌードでもう一枚は服を着ている。
この作品はある貴族の家の壁に飾られていた。
普段は「着衣」のほうが見えるようになっていて、
絵をくるりと回転させると、
背中合わせに飾られた「裸」の方が見える仕組みだった。
裸体画などトンデモナイという時代。
貴族が夜な夜なこの絵を楽しんでいたと思うと、
昔も今も「エロス」の感覚は変わらないんだなぁと思っていたら、
発売中の広告批評に篠山紀信のヌード写真があって、
これが東京のど真ん中で撮られたものだった。
都心の歩道橋の上で、
ハイヒールだけはいてしゃがむ女。
コンビニで下半身を露出する女。
女女女女。。。
一瞬どこかで見たような絵柄だと思ったら、
かつての「投稿写真」あたりの雑誌に載っていた素人写真に似ている。
健全な人のために言うと、
世の中には露出写真マニアという人種がいるのです。
でも大きく違う点がひとつあった。
それはモデルが恥ずかしがってないことだ。
「羞恥」が抜かき取られた篠山のヌードにエロスはない。
ただ圧倒的な「異物感」だけが存在する。
素人の露悪趣味も、
世界のシノヤマに手にかかれば芸術になる。
確信犯。
その度胸が痛快だ。
●宮沢りえのサンタ・フェの新聞広告に度肝を抜かれたのは、かれこれ20年近く前。驚かせるのが好きなんだな。この人は。小躍りしている様が目に浮かぶ。
遺志
30日は親父の13回忌だ。 あーそんなになるのか、 と言うのが率直な感想。 親父が亡くなる直前、 僕は酒を辞めた。 復職して最初のボーナスが出た日、 入院していた病院に行って報告した。 もう親父はかなり弱っていて、 ほとんど喋れなかった。 でも...
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台風20号が近づいている。 明日は午後4時から間引き運転に入って、 夜の8時には運行を終えると車内アナウンス。 不要不急の外出は控えるようにテレビは言う。 一方で、 早めの避難をとも言う。 ここにちょっと矛盾を感じる。 家でじっとしていたら、 いつ...
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平成が来年4月で終わるということで、 最近やたら、 平成最後の、 とつける。 平成最後の夏、 平成最後の阿波踊り、 平成最後の、、、 そういう意味では今日(正確には昨日)は、 平成最後の8月14日で、 明日は平成最後の終戦記念日だ。 毎年思...
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本日の只見。 オーシャンズシリーズの最新作。 サンドラブロックって結構好きな女優さん。 スピードとか、 グラビティとか。 今回は詐欺師の役。 スペシャリスト何人かで大きな盗みをやる的なのも、 基本的に好き。 ...