ゴヤに「裸のマハ」と「着衣のマハ」という傑作絵画がある。
同じポーズでソファーに横たわる若い女性。
一枚はオールヌードでもう一枚は服を着ている。
この作品はある貴族の家の壁に飾られていた。
普段は「着衣」のほうが見えるようになっていて、
絵をくるりと回転させると、
背中合わせに飾られた「裸」の方が見える仕組みだった。
裸体画などトンデモナイという時代。
貴族が夜な夜なこの絵を楽しんでいたと思うと、
昔も今も「エロス」の感覚は変わらないんだなぁと思っていたら、
発売中の広告批評に篠山紀信のヌード写真があって、
これが東京のど真ん中で撮られたものだった。
都心の歩道橋の上で、
ハイヒールだけはいてしゃがむ女。
コンビニで下半身を露出する女。
女女女女。。。
一瞬どこかで見たような絵柄だと思ったら、
かつての「投稿写真」あたりの雑誌に載っていた素人写真に似ている。
健全な人のために言うと、
世の中には露出写真マニアという人種がいるのです。
でも大きく違う点がひとつあった。
それはモデルが恥ずかしがってないことだ。
「羞恥」が抜かき取られた篠山のヌードにエロスはない。
ただ圧倒的な「異物感」だけが存在する。
素人の露悪趣味も、
世界のシノヤマに手にかかれば芸術になる。
確信犯。
その度胸が痛快だ。
●宮沢りえのサンタ・フェの新聞広告に度肝を抜かれたのは、かれこれ20年近く前。驚かせるのが好きなんだな。この人は。小躍りしている様が目に浮かぶ。
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