2010年9月21日火曜日

交渉

どうやら今日は敬老の日だということに気付いたのは、
もう日が暮れそうになったころだった。
ならばわが家のお年寄りを敬わねばと、
夕飯後に映画を観に行こうと誘ってみた。
この機会に「海猿」を観てしまおうという目論見だったが、
お年寄りは、
「『オカンの嫁入り』が観たい」と渋る。

しかも、
「食事付きじゃないとヤダ」ときた。
交渉上手な年寄りだ。
しかし「オカンの嫁入り」って何じゃ?
一旦引き下がり、
自室でオカンの嫁入りを調べてみると、
大竹しのぶと宮﨑あおいの初共演作だという。



ま、


これならいいか。


9時50分の回なら、
そのままランチにもピッタリだし。
何より夕飯より安上がり。
早起きは辛いところだが、
そこは妥協して提案してみた。

満足げにうなずくお年寄り。


オカンと「オカンの嫁入り」鑑賞。


交渉成立だ。



●というわけで本日は早寝しよう。

2010年9月20日月曜日

教室

新しくぼくの部署に来た人に、
仕事を教えるという役目が回ってきた。

この部署に来て11年目。

何かの間違いに戸惑う。

大体においてぼくは、
他人にモノなど教えたことがない。
大学生のころ、
家庭教師というのは憧れのバイトだったが、
6年間一度もそんな機会には恵まれなかった。

それは単なる巡り合わせというよりは、
ぼくがモノを教えるほど、
何かに精通したことがないからだと思う。

反面教師なら自信満々なのだが、、、

右も左もわからぬ11年前、
今の仕事を始めたころ、
ぼくはどんな気持ちだったのか。

つらつら思い出しながら、
かつ、
あのころこんな風に教わっていたらよかったなぁと、
今更ながら思われることを加味して、
夕方から深夜まで、
付きっきりで「指導」した。

とはいえ、
元々職人的性格の強い職種だけに、
いわゆる「正解」も「理論」もない。
極端な話、
100人いれば100通りのやり方があり、
そのどれもが「あり」である。

要は結果次第。

生真面目なヤツがよいわけでもなく、
チャランポランだからといって、
必ずしも悪いわけでもない。

理屈で説明できる部分はごく限られていて、
ほとんどは結局身を持って覚えるしかない。

そして、
仕事にはその人のすべてが現れる。

恐ろしいほどに。

さて、
ぼくが発した言葉の何パーセントが通じるのやら?
たぶん二度とこんな役目はぼくには来ないと思いながら、
いつもより饒舌な自分に気づく。

あ、
おれって聖職者は絶対無理だけど、
実は教えたがりなんだ。

そんな自分に気付いた。

それと、
今の若い人は、
ぼくが若いころより、
ずっと優秀だということも。

Fear is often worse than the danger itself. 


若い「生徒」の行く末が、
光にあふれ、
安泰であることを祈りつつ。

2010年9月19日日曜日

熱唱

あなたは希望の星

40ん年生きてきたが、
こんなことを面と向かって言われたのは初めてだ。

「県庁の星」ではない。

「希望の星」である。

生まれて初めてのことだし、
今後の人生でも、
んなことはないだろう。

文字通り前代未聞、
かつ空前絶後である。

言われたぼくは「いやいや」なんて謙遜はするが、
内心嬉しくない訳がない。


で、
それとは関係なく(いや少しあるか)、
いきなりですが、
「お気に入りの一曲」コーナー。

思わずitunesからダウンロードしてしまった。


ではみなさんは、
YouTubeでどうぞ~(↓をクリックしてください)
http://www.youtube.com/watch?v=J0TSrlig76c&ob=av3n


この歌のキモは、
ぼくとしては、
必ず夢を持つとか 背負わなくていい ただ生きよう
のとこだと思う。


●今日はずーっとこれリピートしてました。この二人、歌うんまいよなぁ●「海猿」観ようかな?

2010年9月18日土曜日

余分

うちの近所の自販機では、
コーラゼロが100円で売っている。















先日の深夜、
100円硬貨を握りしめ、
フフンと買いに行き、
100円を投入したのだが、
自販機がうんともすんとも言わない。


いつもならタバコと一緒に買うことが多いから、
適当に小銭をつかんで来るのに、
その日に限って100円だけしか持っていかなかった。

仕方ないので一度家に引き返し、
数百円を持って再度自販機へ。

しかし再び無反応。


ぼくはその時になって初めて、
返却レバーがあることに気付き、
押し下げてみると、
200円が返ってきた。

それでもう一度100円を入れると、
ちゃんとランプがついて、
ボタンを押すと、
ガシャンとコーラが出てきた。

何のことはない、
最初の100円の入れ方が、
ちょいと具合が悪かっただけだった。


しかしこの一連のぼくの行動は、
考えてみれば随分おかしい。

2枚目の100円を入れて、
なおかつ無反応かもしれないという可能性を考えていない。

あの時、
硬貨を入れる→ボタンを押す→コーラガシャンっていう、
当然の流れが断ちきられたことで、
「変だ」と頭が混乱し、
次に100円きっかりしか持ってこなかった自分の不運を、
「しまった」と思い、
思考が一気に「家にもう100円をとりに帰る」に行ってしまった。


すべては100円きっかりしか持っていかなかったことが原因だ。

こんな些細なことで、
冷静さを欠いたわけだ。

●さっき行ったら、100円じゃなくて120円に戻っていた。100円だけ持って行ってたら、またもや危ないところだった。やっぱり何事も備えあれば、である。

2010年9月17日金曜日

出現


















40歳代の男性にとって、
大なり小なりあると思われる、
「キッス体験」。

歌舞伎を思わせる奇抜なメーク。

火を吹いたり、
口から血をしたたらせたり、
おどろおどろしいステージング。

にもかかわらず、
キャッチーで圧倒的にカッコいい演奏。


中学生だったぼくにも、
かれらが出現した時の衝撃は忘れられない。

今でも十分に「衝撃的」ではあるが、
たぶんあの時自分が高校生だったら、
あるいは小学生だったら、
違う印象を抱いのではなかろうか?

扮装や演奏が一体となった「キッス体験」は、
あのころ中学生だった男子特有のものに違いない。

というのは、
ぼくと同じ年代の有名人が、
同様のキッス体験を話しているのを、
たまたま最近立て続けに耳にしたからだ。


そういう意味では、
ぼくはビートルズ世代ではないと思う。

もちろん中学生の時にもビートルズは知ってたし、
好きだった。
でも、
キッスのような感じではなくて、
もう既に十分有名な存在として彼らはあった。

むしろキッスに近い印象として残っているのは、
クイーンのほうかもしれない。


いずれにせよ、
同じ事柄でも、
それに遭遇する年齢が違えば、
影響の仕方も大きく異なるだろう。

いや、
事柄というより、
その出現といった方がより正確かもしれない。

ある事象や人物が出現した、
その時に居合わせた年齢。

たとえば、
山口百恵の出現は、
こどもだったぼくには、
それほど衝撃ではなかった。

むしろ当時のおとなの方が、
受けた衝撃は強かったと思う。


「トラウマ」といっていいほどの「キッス体験」は、
やはり、
あのころ十代前半だった男子だけに特有のものだと思うのである。

●パンダ写真を気に入った理由も、トラウマの影響か!

2010年9月16日木曜日

阪急

ぼくの家は阪急電車の沿線に建っている、
というか、
家の目の前を阪急電車が走っている。

だから、
普段はJRを利用するくせに、
阪急電車には特別な愛着がある。

ちなみに、
阪神間には北から阪急→JR→阪神が、
平行線状態になって通っている。

偏見を承知で言うけど、
阪急は「山の手」、
阪神は「下町」、
JRはその間みたいな感じが、
ぼくの中ではある。

阪急は靴を履いていないと乗れないが、
JRはサンダルでもOKで、
阪神は雪駄でも問題なし、
みたいな(怒られそう、、、)。


異論もあろうが、
まぁ阪急電車の上品さは、
別格といっていい。

特に御影~岡本~芦屋川~夙川あたり。

マルーン色の車体、
車内を飾る宝塚歌劇のポスター、
ベルベットのごとき手触りのシート。

どれをとっても、
ハイソ感が漂っていて、
保冷剤入りタオルを首に巻いて乗る勇気は、
ちょっとないな。


前フリが長くなったが、
有川浩の「阪急電車」が中谷美紀主演で映画化される。

ロケを当然行うだろうから、
「沿線」住民としては興味津津だ。

といっても、
映画(小説)の舞台は今津線。

ぼくんちの前を走るのは神戸線。

路線違いなんだけどね。

●阪急電車を毎日見ながら乗るのはJRという中途半端さがぼくらしい(笑)

2010年9月15日水曜日

無駄










新しくなったipodnanoを買ってしまった。

本当に小さい。

これまでの半分ぐらい。

しかもタッチスクリーンで操作ができる。


しかし、
これを買った本当の理由は別にある。
写真ではわからないと思うけど、
全体がクリップになっていて、
シャツなんかに簡単に止められるのだ。


Appleって、
iphoneもそうだけど、
デザインは完璧に美しいけど、
ストラップホールがないんだよね。

たぶん会社としての美学だろうが、
持ち運びには絶対不便だ。

だから、
これまでのipodは、
折角の美しい姿を犠牲にして、
ストラップが付けられるカバーを、
別購入して付けていた。


それがこれだと、
美しい姿のまま、
持ち運びできる。

機能性と携帯性と美の融合。


何、
無駄遣い?

そうですよ。


でも駄目なんだな。

こう美しいと。

我を忘れる。

●小沢総理は幻に終わってしまった。これから「あー、あの時小沢になってればなぁ」って何度か思うだろう。

遺志

30日は親父の13回忌だ。 あーそんなになるのか、 と言うのが率直な感想。 親父が亡くなる直前、 僕は酒を辞めた。 復職して最初のボーナスが出た日、 入院していた病院に行って報告した。 もう親父はかなり弱っていて、 ほとんど喋れなかった。 でも...