2011年8月7日日曜日

閃光

















暮れなずむ淀川。

今年は来れたぞ、
淀川花火大会。

去年はチケットを取りながら、
休みを取りそびれるという大失態。
今年はちゃんと夏休みおさえました。

天気はバッチリ。
このころには気温も下がり、
頬をなでる風が気持ちよい。
一緒に見物してくれる「相棒」もいて、
まさに完璧な花火日和。

毎年書くけど、
4年前の夏、
ぼくはこの花火大会を、
病院の10階から眺めていた。

あの時の気持ちを忘れぬために、
ぼくは毎年ここへ来る。





















光と音のスペクタクル。

あの時の記憶が、
ズシンズシンと心底に届く。

球児じゃないけど、
あの夏を忘れないと、
あらためて誓う。

そんな今年のマイベストショットはこれ。

2011年8月6日土曜日

翻訳

アインシュタインの伝記本が、
その日本語訳のあまりのひどさから回収騒ぎになり、
ネットや新聞で話題になっている。
初版5000部のその「とんでも本」にプレミアがつき、
定価の10倍で取り引きされているのだとか。

「これらのすごいブタが、あなたの精神に触れるのに最終的に成功したと立証します」
「堂々とした風采となだめている単語の両方で」
これはどう考えても自動翻訳そのまま。
出版史上に残る汚点だ。

こうなった経緯がまた不可解だ。
上下巻からなる伝記の中で、
とんでも翻訳は下巻の13章のみ。
ほかの章にこれほど酷い部分はないという。

一体どんな経緯でこんな事が起きたのか。
出版者がこういう騒ぎになること織り込んだ上での、
「宣伝活動」に利用したのではないかと、
うがった見方をしたくなるほど杜撰だ。
一冊の本の問題は、
ひいては「活字文化」への信頼を揺るがす。
先日も日経新聞に、
発売中の宝くじの偽当せん番号が掲載されるという、
前代未聞の珍事があった。

放送と通信の融合といわれて久しい。
電子出版もじわじわと日常に浸透しつつある。
執筆や編集や校閲など、
印刷されるまでのすべての作業がパソコンの中で行われるようになり、
紙媒体に対する緊張感、
つまり一度流布されたものは取り消せないという、
大原則が希薄になっているのではないか。
そもそも、
これら出版に不可欠な段取りを、
まともに踏んでいたのかも怪しい。

話題づくりには成功した。
適当に回収して重版から直せばいい。
そんな風に出版者が考えているとしたら、
そら恐ろしい話だ。
アインシュタイン博士も草葉の陰で泣いているに違いない。

2011年8月5日金曜日

便利

台所で、
母がブドウの皮をむいている。















右手に持った器具をくり。















くり。















ぷに。


そ、
それは何じゃ?

「これか、むい太郎や」

ブドウの皮むき専用の器具がテレビで紹介されていて、
近頃手に入れたそうである。

「包丁でむくより何倍も便利やで、ええわぁ、これ」

そう言いながら次々にブドウをくりくりしている。

実に楽しげだ。

「むい太郎でブドウむいたろうか」

ダジャレも飛び出す。














むい太郎。

主婦生活半世紀の母のイチオシです。

2011年8月4日木曜日

知命

プロフィールの写真は、
母の実家で祖母に抱かれている、
生後半年ぐらいの時のぼくである。
先日、
押入れの奥で偶然アルバムを見つけ、
あまりの懐かしさに掲載を即決した。
トリミングで消してしまったおばあちゃん、
ごめんなさい。

乳児のころのぼくの写真は、
ほかにも何枚かあるけれど、
自分ではこれが一番好きだ。
たって歩くことはもちろんまだで、
言葉もしゃべれなかったであろうぼく。
何も考えていないはずだけど、
何か妙にスッキリした表情が面白い。

写真が見事なセピア色になっていたのには、
驚いてしまったけど、
それ以上にアルバムそのものがボロボロだった。
台紙は赤茶け、
閉じているリングからほとんどがはずれている。
押入れの中に置かれているだけでも、
劣化は着実に進んでいたのだ。
万年筆で書き入れられた父自筆のコメントが懐かしい。

この写真を撮ったころ、
父は29歳だったはず。
若きパパは待望の長男に何を期待し、
どんな夢を託していたのか。
その後のぼくの人生と対象させると、
ただただ申し訳なく思えてくる。
今更反省してみても、
誤るべき父はもういない。

この写真から数年後、
幼稚園に入ったころからぼくは、
ひどく病気がちになって入退院を繰り返す。
父の期待はしぼみ、
かわりに健康を祈る日々へと変わった。
おかげさまであと2年も待たず「知命」となる。

いまだ惑ってばかりのぼくが、
本当に天命を知ることになるのだろうか?
ぼくが何をしようがしまいが、
勝手に朽ちるアルバムのように、
ぼくの中の何かが自然に変化し、
やがて天命を知る自分に気づくのだろうか?

2011年8月3日水曜日

分際

東日本大震災が発生して一週間後の、
3月18日、
スカイツリーが目標の643メートルに達していたと、
録画していたNHKのドキュメントを見て初めて知った。
634メートルの世界一高い自立式電波塔。
あの地震でもたぶん大丈夫なんだろうと思っていたが、
実はそうでもなかったらしい。

あの塔の構造はシャーペンのようなものだ。
展望台がある本体部分がシャーペンの胴体で、
そこから上の「ゲイン塔」と呼ばれる約140メートルの電波塔が芯。
建て方もまさにシャーペン。
胴体部分を作ったあと、
あらかじめ地上で作られたゲイン塔を、
ニョキニョキとジャッキアップさせたという。
精度はミリ単位であり、
番組では「巨大な精密機械」と表現していた。

震災が起きたのは、
ジャッキアップの大詰め作業中だった。
不安定なゲイン塔は揺れに揺れたという。
結果的には大丈夫だったから、
この塔の耐震性が図らずも証明されたということらしい。

ジャッキアップの過程では、
ゲイン塔が回転するという不測の事態も起きた。
日本最高の技術者があらゆる側面から検討したが、
原因はわからずじまいだったという。

たかが電波塔を建てるだけでも、
そんな訳のわからないことが起きていたのだということに、
いささか驚いた。

日本は科学立国だと、
何となくそう思い込んでいるけど、
原発事故の推移を見ていても、
実際のところはどうなんだろうと首をかしげる。
アメリカが月に人を送ってから半世紀近くたっても、
有人宇宙船さえ作れぬ国である。

高速鉄道事故でたたかれている中国でさえ、
4年も前に実現させている。
日本人宇宙飛行士は何人も誕生したけど、
有人宇宙飛行船の計画はない。

エネルギーも食料も自給率は低く、
自衛隊はあるものの、
実戦経験はもちろんゼロに等しく、
おまけに政治は三流以下。
中国を嗤う前に、
ぼくらはもう少し身の程を知った方がよさそうだ。

●プロフィールの写真を若い頃のものに変えてみた。セピアだぜ。

2011年8月2日火曜日

栄誉

その名を初めて聞いた時、
「カワセミって変わってるな」と思った。
川澄奈穂美。
女子w杯準決勝のスウェーデンで2得点を決め、
一躍有名になったなでしこジャパンの背番号「9」だ。

全国的にはほぼ無名の選手が、
一夜で知れ渡った「シンデレラストーリー」。
ぼくの記憶では、
岩崎恭子以来のような気がする。
今では誰もが「カワスミ」であり,
INAC神戸のキャプテンだと知っている。
昨日観戦していた試合にも出場していた。

彼女のブログ「ROAD RUNNER」に好感を持った。
2009年5月から、
ほぼ毎日更新されていて、
W杯の最中も感想やらエピソードやら、
こまめに伝えてくれていたと、
今ごろ知った。

今日も更新されていて、
「はなまるマーケットに沢と出演」とある。
昨日試合してから、
東京に移動して早朝の番組に間に合わせたのだろうか。
超過密スケジュールの中、
浮かれることなく日々頑張っている姿がけなげだ。
早速ブックマークに登録した。

なでしこへの国民栄誉賞授与が、
いよいよ今日発表されるらしい。
団体に対するものとしては初めてになるという。
彼女がどんな感想を書くのか、
今から楽しみだ。

今年の国内十大ニュースの一位はもちろん震災で、
二位は原発事故に間違いないけど、
三位はなでしこで決まりだろう。
ロンドン五輪「金」へのプレッシャーが、
いよいよ高まるだろうが、
バルセロナの金をとった後マスコミの餌食となり、
つらい思いをした岩崎の轍を踏まぬよう、
変わらず笑顔でプレーを続られるよう、
ぼくらが皆でなでしこを育てなければならない。

2011年8月1日月曜日

生沢

沢のINACと宮間の湯郷が、
須磨の総合運動公園で試合するというので、
思い切って見に行った。
サッカー観戦は、
日韓W杯以来だから、
ざっと10年ぶりになる。

電車を乗り継ぎ約1時間、
試合開始の午後3時まで小一時間あるというのに、
すでにかなりな人が集まっていた。
とりあえずグッズ売り場に行ったけど、
すでに大半の品は売り切れており、
それでも真っ赤なINACのキャップを記念に買った。

グラウンドには、
沢や宮間のほかに、
大野や海掘や川澄や近賀ら、
テレビでしか見たことのなかったヒロイン達がいる。
双眼鏡を片手に、
わくわくしながら見守る。

試合は湯郷が1点先制したものの、
スター軍団のINACが3点を入れて逆転勝ち。
しょーもない巨人の試合を観ているより、
よっぽど面白かった。
でもぼくは試合展開というより、
もっぱら沢一人の動きを追った。

W杯の時とは違い、
激しい動きは若手に任せ、
中盤でボールを受けると、
ほぼワンタッチで誰かに回す「省エネ」プレー。
それでも、
あの沢を生で見れた喜びは大きかった。

試合終了後、
選手たちがグラウンドを一周。
ぼくは客席最前列まで行き、
沢がやってくるのを待ち構えた。
INACのその他の選手に遅れ、
彼女は一人で姿を現した。






















クイーン沢。
なんでこんなにぼけているのかというと、
実は試合前に、
缶コーヒーをデジカメにこぼして壊してしまい、
急きょ携帯で撮った画像を、
トリミングして拡大したからなのだ。
2万1000人が詰めかけた観客席に手を振る沢。
ぼくは心の中で「ありがとう」と何度も唱えた。
たぶん観客のみんなが同じ思いだったと思う。

●INACのファンクラブに入ろうかと、真剣に検討中。

遺志

30日は親父の13回忌だ。 あーそんなになるのか、 と言うのが率直な感想。 親父が亡くなる直前、 僕は酒を辞めた。 復職して最初のボーナスが出た日、 入院していた病院に行って報告した。 もう親父はかなり弱っていて、 ほとんど喋れなかった。 でも...