2010年7月31日土曜日

肉親





マーブル模様のスーパーボール。

幼稚園のころだったか。
近所のおもちゃ屋に売ってたこれが、
欲しくて欲しくて、
でも小遣いはなくて、
ついに万引きした。

店にはバレなかったけど、
やましさから家に持って帰ることもできず、
帰り途の用水路に捨てた。

その様子を、
一本道のはるか遠くで、
井戸端会議中だった母が見ていた。

その時点で、
具体的なことは分からなかったはずだが、
母は何かを察知したのだろう。
問い詰められたぼくはすべてを白状した。

母は即座に会社の父に電話。
帰宅した父は鬼のような形相で、
ぼくの尻を思いっきり叩き、
庭の木に縛り付け、
「蚊に食われて死んでしまえ」と言った。

幼いぼくが震え上がったのは当然のこと。

しばらくして母がひもをほどき、
家に入れてくれたものの、
あの時の衝撃は今でも強烈だ。


不始末や悪行を、
子どもは隠しても、
親は知っている。

いや知らなくても、
何か感じるのである。

辛いこと、
苦しいこと、
恥ずかしいこと、、、

親に言わずに済ませていることも、
いつかは親にはばれる。

たとえ生きている時は隠し通せても、
死ねばすべてばれる。
それが肉親というものだ。


ぼくがここ数年受けてきた様々な報いも、
つまりは、
すべて今は亡き親父に、
あの時と同じように、
尻を叩かれているということなのだ。

●泣いても叫んでもあと1日。当日は笑いますけどね。

2010年7月30日金曜日

保水

喉の渇きをいやすのに何がいいか調べていたら、
「ケーコーホスイエキ」に出会った。













大塚製薬の経口保水液「OS‐1」。

会社近くのドラッグストアでも売ってた。


一口飲んで思った。

「ポカリスエットじゃん」。

そう、
ポカリ味だったのである。

ただし、
1980年発売当初の。


最初にポカリを飲んだ時の、
「なまぁ~っ」とした口当たりは今も憶えている。

そしてそれ以上に印象的だったのが、
いくら飲んでも、
胃に届く前に消滅してしまうような、
不思議な感触。

まさに水が体にしみ込んだ。


でも、
年々そのような驚きは薄れていた。

ぼくが慣れたためだと思っていたが、
「OS‐1」を飲んではっきりわかった。

ぼくが慣れたのではなく、
ポカリの方が変化していたのだ。
きっとそうに違いない。


んなわけで、
久し振りの「ポカリ的ショック」に感動すら覚えたが、
その後すぐにトイレに行きたくなった。

まるでミルク飲み人形(笑)

どうやらぼくの体には水分は足りているようだ。


でもマジに今夏は熱中症がヤバい。

熱中症の怖さは、
当人は体の変調に気が付かないこと。

それで死んじゃうんだなぁ。

どうかそうなる前に、
「OS‐1」を!

●ちなみに大塚製薬の回し者ではありません●今日「天使」を見た。本当に見たんだって(笑)●さぁ、一区切りついた。あとは1日に向けまっしぐらだ●業務連絡。元町ハ土曜10時。以上。

2010年7月29日木曜日

語源

「ガッツポーズ」の由来がガッツ石松だと、
意外な事実を知ったのは、
比較的最近のこと。

確かネットだったと思う。

フトした疑問でも、
ネットで検索してみれば、
ほとんど間違いなく、
同じような疑問を持った人がぼく以前にいて、
ちゃんと質問と答えが用意されている。

とりあえず便利といえば、
めっちゃ便利であるが、、、


今日の巨人対中日戦で、
巨人の坂本が延長11回、
サヨナラホームランを放った。

サヨナラ勝ち。
サヨナラ負け。

この「サヨナラ」の由来は?

早速調べてみました。

でもこれが分からない。
調べ方が足りないのかもしれないけど、
何でもたちどころに教えてくれるネットでさえ、
今回ばかりは歯切れが悪い。

もちろん、
同じ質問をしている人は過去にも複数いた。

でも、
いずれの質問にも、
明快な答えは返されてなかった。


「サヨナラ」が「さようなら」の意味なのは、
言わずもがな。

「さようなら」の語源が「左様なら」、
つまり今でいう「んじゃ、そういうことで」みたいな、
別れ際の挨拶だということも、
ちゃんと載っている。

でも、
サヨナラ試合の語源にはたどり着かない。

雰囲気はわかる。
ウィキペディアにだってこう書かれている。

勝利チームの攻撃で試合が終わることから、「さようなら」を略して「サヨナラ」と呼ばれる。

何かいまひとつ釈然としない。

そもそも、
だれが最初に「サヨナラ勝ち~(負け~)」と言ったのか。
それは謎のままだ。

第一、
なんでさようならを略すとカタカナなの?

●楽譜が、、、歌詞が、、、(汗)

2010年7月28日水曜日

別嬪

「トイレの花子さん」ならぬ、
「トイレの神様」がロングヒットの兆し。

そういえば、
FMでちょっと前によく流れていたな。

先日の「情熱大陸」で作者の植村花菜を取り上げていて、
へぇこんな女性だったのかと、
少々驚いた。


トイレをきれいにしておくと、
別嬪さんになれると、
祖母に教えられた少女時代から、
その祖母が亡くなるまでをつづった、
ほとんど私小説の世界。

ぼくは実にほのぼのした、
祖母と孫娘の交流の話と受け止めていたけど、
実際はもうちょっと複雑な家庭環境が背景にあったようだ。


それにしても、
9分52秒だって!

実に長尺だ。

ぼくらの世代だと、
さだまさしの「関白宣言」を思い出す。

あれで確か7分ぐらいだった。

1979年、
その年末の紅白歌合戦で、
フルコーラス歌わせるか否か、
そんなことが社会の話題になった時代だ。


にしても「別嬪」とはまた懐かしい言葉。

この歌のヒットのキモは、
「別嬪」という言葉と、
植村花菜本人の容姿だ。









トイレの神様、
御利益ありそうですな。

●果たして今年の紅白で全部歌えるだろうか?

2010年7月27日火曜日

土台

映画の粗筋を読んでも、
その映画を「観た」とは誰も言わない。

バタフライの泳ぎ方を読んだだけで、
実際に泳げるなどと信じている人は、
きっと笑われるだろう。


そんな簡単な道理なのに、
人は新聞やテレビの報道を見聞きしただけで、
世の中の事象を分かったと錯覚する。

それらはすべて、
小説の粗筋と何ら変わらない。


小林秀雄は講演で、
「分かりやすく読んではいけない」と力説する。

論文も詩歌も、
読み方は同じだと。

読み込んで読み込んで、
その文章を書いた人の人となりが透けて見えるほどになって、
ようやく文章は分かるのだと。


でも実際の世の中の出来事を、
そんなに深く知ることは、
時間的にどだい無理なのであって、
だから人はテレビで外国の風景を眺めて、
その絶景をわが目で見たような気になって我慢する。

もちろん大概の事はそういうことで仕方がないのだけど、
やっぱり人生の中で何かひとつでいいから、
詩歌を味わうように知る世界を持っていたい。


それがぼくの場合は歌であるはずなのだけど、
登りたい山を富士山に設定している今は、
まだ一合目にすら達していないことに気づく。

残された人生の時間や、
自分の足腰の具合を鑑みるに、
目標を近所の甲山ぐらいに変更した方が、
身のためなのかもしれないなぁって思いもわいてくる。


あれも、
これも、
それも、
どれも。

何でもかんでもしたいと、
貪欲に願える季節は過ぎた。

人生の土台作りは終わり、
あとは今ある土台の上に作れる物を、
見極める時なのだ。

身の丈にあった物事を、
身の丈にあったやりかたで慈しむ生き方をしている人が、
一番かっこいいと思える、
そんな年頃。

ぼくという土台の上に、
東京タワーは建てられない。

いわんやスカイツリーをや。


●なんて言いながら、身の丈に合わぬ曲を選ぶのであった。

2010年7月26日月曜日

直射

髪を切った。

ようやく。
やっと。

2週間ほど前から、
切りたくて切りたくて、
うずうずしている間にハプニングが続出で、
切るのも髪も伸び伸びになっていた。

その間に、
うだるように暑くなり、
いよいよ切りたい願望はピークに達していた。

美容院に着いた時は、
どんな髪型でもいいから、
とにかく切ってくれーっていう気分だった。


その美容院でアシスタントの女の子が、
元気がよくて、
よく喋る子だった。


あたしの部屋クーラーないんですよぉ。
で、
タンクトップと高校の時の体操パンツはいて寝てるんですけど、
朝起きたら汗かいてますね、やっぱり。
扇風機はガンガンかけてるんですけどぉ、、、


そうやって元気よく喋る彼女見てると、
だんだんぼくは、
鏡に映る自分の目が細くなっていくのに気づいた。

ニヤけたのではない。

まぶしかったのだ。

彼女が全身から発している元気光が。


前に、
月の光は間接照明って聞いて、
あっなるほどと思ったことがある。

だから優しいんだ。

それに比べ太陽は自分が燃えて光を放ち、
世界を照らす。

太陽のごとき彼女と話した数分間は、
気分よかったけど、
サングラスが欲しいほどだった。

直射日光は、
今の身には少々キツイ(泣)。


帰る時、
彼女に「スポーツやってたでしょ」って聞いたら、
「えっ何でわかるんですかぁ、中、高とソフトボールやってました」
だって(笑)。

わかるよ。

その元気光見りゃ。

●楽譜ちゃんとしないといけないんだけど、これがまたぼくには大変な作業でして、、、でもこれを乗り切らないと、ライブはないから頑張る。

2010年7月25日日曜日

陽炎

真昼間の梅田界隈を歩いていると、
人や景色が陽炎のように、
ボーッとぼやけて見える。

泊まり勤務明けで、
自分の頭の中が陽炎状態なのかもしれないけど、
実際本当にそう見えるほど、
大阪の街中は暑い。

すれ違うどの人も、
体から「ったく」オーラが出ている。


そんなわけで、
今夏初めてヒロタのシューアイスを買った。

ちょうど通勤経路の途中に店があって、
帰宅する時に、
去年もよく買った。

抹茶とかチョコレートとか、
季節の果物とか、
2個ずつ5種類。

計1000円なり。


そういえば誰かさんは、
甘味禁止令だったっけ。

でも買ってしまったものは仕方ない。

家に着くと母が庭に水をまいていた。

ぼくは黙って冷凍庫にシューアイスを袋ごと入れ、
ちょっと自室で休憩。

再び階下に降りると、
ソファーに母がチンと座り、
目の前のテーブルにもう、
空のシューアイスの袋がひとつ。

目ざとい母よ。

オレより先かよぉ。

でも、
喜んでくれる人がいるから、
買いがいもあるというもの。


食べてくれる人がいる。

読んでくれる人がいる。

聞いてくれる人がいる。


それで充分幸せじゃないか。

そう思いながら風呂に入った。

遺志

30日は親父の13回忌だ。 あーそんなになるのか、 と言うのが率直な感想。 親父が亡くなる直前、 僕は酒を辞めた。 復職して最初のボーナスが出た日、 入院していた病院に行って報告した。 もう親父はかなり弱っていて、 ほとんど喋れなかった。 でも...