2014年4月30日水曜日

来訪

姪の披露宴からひと月、
二人して我が家に挨拶にきてくれた。

姪の旦那君と話すのは初めて。

披露宴の時は出しゃばらず、
ひな壇には近づかなかったから。

でも、
しゃべってみても、
披露宴で見ただけの印象と変らなかった。

飾らず素直な若者だった。

十二分にひねくれた生き方をしてきたぼくには、
その真っすぐさが、
ただただまぶしい。

オヤジの仏壇に二人して手を合わせ、
結婚を報告してくれた。

この若者となら、
天国のオヤジも姪との結婚をもろ手を挙げて祝福していることだろう。

オヤジ、
この二人の結婚には、
ぼくもほんのチョットだけ貢献したんやで。

褒めてくれるだろうか?

オジとして、
ろくな事はしてこなかった。

反面教師にすらならない、
情けない半生。

対してオヤジは初孫である姪に、
ありったけのおじいちゃんぶりを見せていた。

じじバカといっていいほどの、
熱の入れようだった。

ぼくに子どもがいないせいもあったと思うけど、
学校行事とか試合とか、
出来る限り応援に行ってた。

人生終盤は、
ほとんどそれが生き甲斐のようだった。

姪の披露宴に、
誰よりも出席したかったのはオヤジだ。

その願いはかなわなかったけど、
きょうこうして報告に来てくれた。

いやぁ、
いい一日になりました。

ありがとう。

2014年4月29日火曜日

歩幅

プロフェッショナルをちょっとだけ見た。

北島康介。

30歳を過ぎてなお一線にいる「泳ぐ伝説」。

往年の力は衰え、
というより、
周囲の進化がすさまじく、
今や北島の自己ベストは平凡な記録となった。

それでも泳ぎ続ける理由について、
こんな風に言っていた。

歩幅は小さくなったけど、
まだ進歩できる。

そう。

年を取るってことは、
歩幅が小さくなるってことだよね。

20代より30代、
30代より40代、
そして50代。

どんどん歩幅は小さくなっていく。

それでも、
歩くのを止めなければ前には進める。

それは記録とかメダルとは全く無関係なもの。

諦めなければ夢は必ずかなう、
という言い方よりは、
今のぼくにはしっくりくるな。

2014年4月28日月曜日

貧困

Nスペ「女性たちの貧困」が衝撃的。

アルバイトしながらネットカフェで「暮らす」女性。

彼女らは小さめのキャリーバックに生活用品一式を詰め込み、
あちこち転々としながらその日をやり過ごす。

一日の生活費は500円以内に。

せめて年収300万円の正規の仕事に就きたい、、、

サラリーマンとして25年、
とりあえず安定した収入を得続けていると、
世の中の本当の姿が見えなくなっているようだ。

若い人を取り巻く環境は、
ぼくの想像をはるかに超えて悪化している。

特に番組で強調していたのは、
母子家庭になった途端、
一気に経済環境が悪くなって行くケース。

もう、
坂道を転げ落ちるみたいに。

シングルマザーが何百万人もいるなんて、
知りませんでした。

中には、
貧困の連鎖を恐れて、
生まれてくる前に、
養子に出すことを決めている母親もいる。

母親として子育てはもちろんしたいけど、
それでは「共倒れ」してしまう。

ならいっそ、、、

うち、
部屋空いてますけど。

そう言いたくなった。

自分が車を手放したから思うんだろうけど、
町を走る車のほとんどが、
ドライバー一人だけなのを見ていて、
無駄だなーと思う。

なんというか、
色んな意味でミスマッチっつーの?

あるところにありすぎて、
ないところになさ過ぎる。




2014年4月27日日曜日

悪者

ぼくが踏み込もうとしている中間管理職という立場は、
俗に言う「板挟み」になりがちなポジションだ。

たとえばある上司に何か変更するよう指示された時、
部下が嫌がった場合どうするか。

一番簡単なのは、
上司を悪者にすることだ。

部下に対して、
オレはお前の案が正しいと思うねんけど、
上がああ言ってるからしゃーないけど変えたって。

みたいな。

これまでぼくが接して来た中間管理職は、
十中八九この手を使ったし、
自分が使ってみても実際のところ便利だ。

とはいえ、
一から十まで上司の言うがままでは、
ぼくが中間にいる意味がなくなってしまう。

度を超した理不尽な要求に対しては、
毅然と断る勇気も持たねばならない。

何でも上の言う通りなのねと、
部下がやる気をなくすことが一番怖い。

幸いそこまでの理不尽要求にはこれまで遭遇してないけれど、
イザという時、
ぼくは毅然と出来るのだろうか?

はなはだ心もとないのだけれど、、、

2014年4月26日土曜日

禁句

あるとき不意に、
後輩の成長を感じる。

こりゃ厳しいだろうと思っていたら、
案外落ち着いて処理した時。

お、
ちょっと分かってきたやん。

でも、
別のある日は、
また昔の状態に戻って、
なんでそうなるの?

と思う。

でも、
また別のある日には、
びっくりするような手並みを見せる。

人は冬から春へ、
三寒四温のように成長するものだと感じる。

できたり、
できなかったり。

繰り返して行くうちに、
だんだんできる日が多くなる。

これは最近の管理職目線で見た話し。

で、
次は部下だったころの苦い体験。

何年も前のある日、
ふと上司からこう言われたことがある。

「●●(ぼくの名前)はもうちょっと伸びると思ってたけどな」

これ、
かなりショックだった。

今でも覚えているぐらいだもの。

第一に、
ぼくは自分のことを、
そんなに仕事が出来ない奴だと思ってなかった。

第二に、
上司の期待を裏切ってしまった。

二重の意味でショックで恥ずかしかった。

今ならその意味もわかるのだけど、
その時は、

「お前全然成長せえへんな」

みたいにストレートに言われた方がマシなぐらいに思えた。

だからぼくは、
後輩に対してその言葉だけは絶対言うまいと決めている。

アホ、
とかはたまに言うけど。

2014年4月25日金曜日

喪失

村上春樹の「女のいない男たち」

つきあって、
あるいは結婚していた女性に、
突然去られた男の短編集。

春樹の小説をなぜぼくは読んでしまうのか。

読んでいる最中に覚える、
独特の感触が好きなんだと思う。

さまざまなストーリーはあるけど、
あの、
どこか夢を読んでいるような感触。

もちろん、
もっと深いところで読んでいる人もいるだろうけど。

とっても読みやすい文章で、
なおかつ独特の感触を与えてくれて、
しかもそれが心地よい。

話しは全く変るけど、
プロ6戦目で世界チャンピオンになった井上尚弥のアスリートの魂。

あの試合、
3回ぐらいから足がつりそうだったんだってね。

だから足を止めて打ち合ったんだって。

自分のスタイルを捨てて、
その場で臨機応変に対応できたことが凄い。

ある意味賭け。

そしてそれに勝った。

先日はダブル世界戦があり、
山中は「神の左」で5連続KO防衛。

一方、
長谷川はTKO負け。

なんで打ち合っちゃったんだろう?

それは本人にしか分からないだろうけど。

2014年4月24日木曜日

胡桃

胡桃が体にいいとテレビでやってたらしい。

母は神戸屋のくるみパンを買いに行くと張り切っていた。

が、
売り切れで買えなかったらしい。

「みんな見てんねんなぁ」

まぁ、
神戸屋まで自転車飛ばした分、
足腰は健康になったと思うで。

と、
慰めにもならぬ言葉をかける。

はは、
じゃあ、
ぼくがAmazonでひとつ買ってやろうか。

http://www.amazon.co.jp/アールティー-クルミ-生-500g-胡桃-無塩-無添加-Walnuts-ナッツ-製菓材料-業務用/dp/B0054CL9J0/ref=sr_1_3?ie=UTF8&qid=1398279804&sr=8-3&keywords=胡桃

げげ。

  • ※※※ 4月22日20時過ぎ頃よりご注文が殺到しており、在庫品は完売いたしました。在庫品出荷後は次回仕入品より順次出荷いたします。また仕入先より仕入れられない場合もございます。大変申し訳ございませんが、お届けまでお時間をいただくことをご了承下さい。 ※※※

なんとまぁ、
ホンマにみんな見てたのね(笑)

2014年4月23日水曜日

何者

何かのオマケでもらったマスクを母がしていた。











ク、
クマモン柄。

もちろん、
これで外出はしないとのこと。

あくまで寝る時用だそうです。

町でたまに、
柄のマスクや、
真っ黒のマスクを見かけるけど、
いまだに慣れない。

形は様々に進化しても、
色はやっぱり白が不動の定番みたい。

なんででしょうかね?

それはともかく。

たまたまつけたBSで、
壊れた物を匠が修復するという番組を、
たまたま頭から見た。

これもたまたまだったんだけど、
今回が初回。

9年間動かないオメガの腕時計を直すという企画で、
さすが初回だけあってとても面白かった。

水が入って腐食してしまった部品を、
匠は一から手作りする。

100分の5ミリという精度の、
極小部品を工作する手つきはすごかった。

といっても、
この手の番組の常で、
本当に本当の匠の技の部分は、
うまく編集で取り除かれていたように思うけど。

プロの技には、
たとえ公開しても真似できないものと、
たとえば溶液の種類と混ぜる割合みたいな、
マニュアルさえわかれば誰でも真似できるものがあると思う。

それで思い出した。

よくプロの技を素人芸人が挑戦して、
「これはむっつかしーですねー」とか驚いてみせるシーンがあるけど、
ああいうの好きじゃない。

そりゃド素人が1回で出来るわけないだろ。

そういう意味で、
先の時計職人のやったことも、
彼らの世界では当たり前のことかもしれない。

ぼくらがやっていることも、
第三者が見たら神業かもしれないし、
それはあなたがやっている仕事でも同じだろう。

どんな世界でも何十年と続けて習得した技術は、
他人がみたら神業なんだと思う。

2014年4月22日火曜日

代行

ぼくが社会人になったころ、
運転代行業というのが流行り始めた。

飲み屋までマイカーで行って、
帰りは代行を呼んで帰る。

そんなことをしていた時期もあった。

20年以上たって、
今や様々な代行業があることは承知していたつもりだけど、
時代はもっと先を行ってるようだ。

読売新聞によると、
披露宴への出席代行があるのだとか。

新聞の例によると、
新郎の元上司ということで、
100人を前にスピーチまでしたという。

そして、
元勤務先関係者5人も全部代行。

何で?

新郎は披露宴直前に会社を辞め、
再就職して間がないので、
新しい職場の本物の上司にも頼みづらい、
などの事情があったらしい。

それにしても、
ここまできたら、
代行というよりサクラややらせではないのか?

案外、
新婦の友人も代行で、
本物は両家の親族だけでしたとか。

記事によると、
披露宴への代理出席ばかりか、
葬式への参列代行も増えているんだって!

なんともはやな時代だな。

2014年4月21日月曜日

市長

ぼくの住む町の市長が、
ついにぼくより年下になっちゃった。

これはけっこう驚き。

投票は行ったけど、
ぼくが投じたのは別の人。

灯台下暗しというか、
この選挙はハッキリ言って、
みんな無関心なのかと思っていた。

投票所の雰囲気も、
どことなくヌルい雰囲気で。

というか、
人少なかったし。

とてもこんな波乱が起きるような、
雰囲気ではなかった。

投票締め切りと同時に当確が出ると思っていた。

それだけでも意外だったのに。

市長がだれになっても、
ぼくの暮らしにはほとんど影響はないだろう。

でも、
とっても影響のある人も、
ぼくの周囲にはいる。

どうかいろんなことを変えるにしても、
性急だけは止めてあげて欲しいな。

●元町には火曜日に参ります。

2014年4月20日日曜日

芝桜

芝桜があちこちで見頃らしい。

そういえば、
約4半世紀前、
社会人2年目の春、
ぼくは岡山のとある中山間部の町に赴任した。

いわゆる田舎暮らしはその時が初めて。

一軒家に一人で住み、
周辺の町を車で走り回った。

山山山川山川山山川
みたいな風景。

山間の農家の庭先に咲く芝桜が、
ものすごくオシャレに見えたことを、
はっきり覚えている。

仕事を早々に終えると、
行きつけの飲み屋をはしごして、
仕事して飲んで、
の繰り返し。

今思えばあのころが、
ぼくの人生で、
パーフェクトに幸せだったと言える、
数少ない時期だった。

芝桜の花の色は、
ぼくにとっては幸せ色だ。

2014年4月19日土曜日

帰国

もう知っている人も多いと思うけど、
ジャズピアノのフィリップ・ストレンジさんが、
今夏、
母国のアメリカに返っちゃう事になった。

80歳を超えるお母様のそばにいたいと。

フィリップさん。

2年前のライブでピアノ弾いてくれた方です。

上手いピアニストは日本にも沢山おられますが、
彼はとにかく別格だと思っています。

本当は今年もう一度ご一緒させていただくはずだったのだけど、
オファーする前にこうなっちゃって、
もう今となってはスケジュール押さえられません。

フィリップさんはオッケーだったので、
ぼくさえ場所と日時を設定すればいいだけだったのに、、、

残念でならない。

やっぱり重いたったらすぐに動かないと。

そういえば、
今日テレビで、
チリのなんたらという場所に住む日本人女性を訪ねるという番組があって、
そこは日本からだと丸々3日ぐらいかけないと行けない、
恐ろしく遠い場所なんだけど、
その女性はかつてニューヨークの銀行で働く、
バリバリのキャリアウーマンだった。

バカンスで度々訪ねていたチリのなんたらという場所に魅せられて、
銀行を辞めて18歳年上の(?)旦那さんと、
そこでほぼ自給自足生活に踏み切ったのだという。

訪ねた元タカラジェンヌが、
ここで生活以外にすることは?

と質問されて、
その女性、
一瞬絶句して、

「生活が仕事です」

だって。

自給自足ってそういうことなんだよね。

それから、
旦那さんがしみじみ言ってた。

「僕らが銀行で働いていていたのはお金を貯めるため。人生は短い。好きな事をしなければ」

いやだから、
別にチリに住まなくたって、
やっぱりやりたいことをやらなきゃいけないんだな。

というようなことを考える前、
今日の夕方、
用事で出かけたのはいいけど、
予約の時間を一時間勘違いしていてパーに。

情けない気分で帰宅途中、
村上春樹の新作短編集がきょう発売で、
本屋の店頭に山のように積まれていたので、
一冊分、
山を崩してきた。

2014年4月18日金曜日

名実

昨年末からなんちゃって管理職を続けて来て、
きょういよいよ管理職になるよう、
申し渡された。

特別な嬉しさはないけれど、
これまで支えてくれた人への感謝の思いはある。

7年前、
公私におよぶプレッシャーに負けて、
会社に大迷惑をかけてしまい、
ぼくのサラリーマン人生は終ったも同然だった。

元の職場に復職できただけでも、
今思えば奇跡的だったように感じる。

毎日毎日、
出社する時に、
明日からは別の部署へと言われるのではないかと覚悟し、
後輩に追い抜かされても腐らず、
ただ淡々と毎日自分の与えられた仕事に、
一日も休むことなく向き合って来た。

などと書くと随分ご立派な感じになるけれど、
極端に言えば会社人としては一度死んだ身だと思い、
会社の評価など気にせず好き勝手に仕事した。

それでも数年前には一度大失敗をして、
その時こそはこれで終ったと思った。

実際、
幹部の一人に遠回しに別の部署への異動をほのめかされた。

それでも、
誰に媚びることもなく、
ひたすら自分らしく仕事をした。

その自負だけはある。

その結果が今日だ。

気持ちを切らす事がなかったのはひとえに、
母や姉らのおかげであり、
ペンギン様のおかげであり、
チョコパのおかげである。

もちろん、
結局は放り出さなかった会社のおかげでもある。

今思うに、
ぼくのような部下は実に使いにくかったに違いない。

本来なら、
少なくとも5年前にはこのポジションにいなければならなかった。

この年齢では、
もはやタイムリミットは近い。

それに、
本当はイチ現場担当者の方が性に合っているのだと、
今さらながら思う。

でも、
多くの人への感謝の気持ちを抱え、
ぼくはまた淡々と新しい仕事に向かって行こうと思う。

ありがとう。

2014年4月17日木曜日

自信

いやぁ、
何とか仕事を終えて帰還しました。

こんな日ぐらいは平穏に終ってよん。

願いはむなしく、
いろいろ荒れた一日。

でも、
やればできる。

やればできるじゃん。

俺。

今日なんか、
50キロの重り背負って走ったようなもの。

よって、
大変だったよーと嘆くのではなく、
自信ついちゃったよーと喜ばなければいけない。

何事も考え方次第。

では寝ます。

2014年4月16日水曜日

停止

いやー
何が起きるかわからん、
というか、
突然ダウン。

延々と寝ておりました。

何も考えず、
ひたすら寝る。

でも、
もう大丈夫な感じ。

さぁ、
これからお仕事お仕事!

2014年4月15日火曜日

絶対

昨日あれだけ牡蠣食って、
今日の腹具合は大丈夫か?

と少し心配していたけれど、
全く異常なし。

どうぞみなさん行ってください。

ただし要予約。

牡蠣だけに、
書き忘れてた。

オヤジギャグです。

オヤジといえば、、、

プロフェッショナルに出てた、
胃がん手術のスペシャリスト笹子医師は、
兵庫医大に勤務する。

兵庫医大といえば、
オヤジが世話になった病院だ。

しかし、
あの頃には笹子医師なんて名前聞かなかった。

道理で、
笹子医師が国立がんセンターから兵庫医大に移ったのは、
7年前だという。

オヤジが死んだ直後だね。

惜しい?

いやいや、
オヤジは大腸がんが最初だったし。

その笹子医師は番組でこんなことを言ってた。

ガンに絶対はない。

100%治るとも言えないし、
絶対治らないとも言えないと。

数千の手術を執刀した人の言葉。

重みあります。

でも、
ぼくはガンになっても絶対に手術はしません。

ウソ。

人の心にも絶対はありません。

その場になってみないと分からない。

2014年4月14日月曜日

牡蠣

天満にある牡蠣食べ放題の店に行ってきた。

店はショボいんだけど、
満席。

しかも女性ばっか。

食べ放題に弱いのかね?

とにかく90分間食べ放題。

生牡蠣、
蒸し牡蠣、
焼き牡蠣、
牡蠣フライ、、、

まぁ写真見てよ。


殼入れのバケツ。

まぁとにかく、
牡蠣が好きな人にはたまらん店。

絶対にオススメ。









2014年4月13日日曜日

手本

子どもの書道を習っていた。

教室は竹やぶに囲まれた、
平屋の古民家みたいで、
外壁は真っ黒。

建物の中に入ると、
墨の匂いがして、
あの匂いはいまだに忘れられない。

その先生は、
当時のぼくにはおじいさんに見えたけど、
実際は40歳代ぐらいだったかもしれないが、
名前でググってもヒットしない。

単に名前を覚え間違っているだけかもしれない。

たぶんぼくのことだからそうなのだろう。

いやそれで本題なんだけど、
教室では子どもごとにお手本が配られて、
それを真似て書くわけ。

中には、
半紙の下にお手本を敷いて、
上からなぞるようにする、
悪知恵の働く子もいた。

ぼくではない。

でも、
そうやって「ズル」した子は、
先生が一発で見破った。

今思えば当たり前かもしれないけど、
子どものぼくには、
千里眼のように思えた。

「ズル」と書いたけれど、
今思えば、
そういう学び方もアリなのではないかとも思うけど。

さて。

仕事では、
ぼくは手本にはなれない。

ぼくの真似をしろとも思わない。

基本が大事だと、
最近では口酸っぱく言うんだけど、
当のぼくは若い頃、
基本なんて全然重視してなかった。

いつもトリッキーで、
人が驚くようなことばかりする、
出来の悪い馬鹿だった。

だから、
今ぼくが「基本を大事に」としかる若い人の方が、
当時のぼくよりは遥かに基本に忠実だ。

だから、
あまりしかることができない。

昔のぼくより、
はるかに優秀だから。

ただ、
今のぼくからすると、
こうしたい、
ああしたい、
と、
いろんなアイデアが沸いてくるから、
他人の仕事を見ているだけの状況は、
非常にストレスフルだ。

単純に、
オレにやらせろって感じ。

でもそれでは人は育たない。

人なんて、
育てるんじゃなく、
育つものだ。

そんな割り切りも必要かもしれない。


2014年4月12日土曜日

拡大

いい写真を撮りたければ、
一歩前に。

前にも書いたけれど、
これは撮った写真をプリントする時にも応用できる。

つまり。

いい写真に見せたければ、
できるだけ大きく引き伸ばせ。

というわけで、
先日の姪の結婚式の写真の中から、
一枚を特大A3サイズに引き延ばして、
さらに額縁に入れてプレゼントした。

A3に伸ばせば、
たいがいどんな写真でも迫力は出る。

ただ、
気をつけないといけないのは、
ピントが甘かったり、
スマホで撮ったりした写真では、
そこまでの引き伸ばしに耐えない。

元画像が粗すぎるからだ。

その点、
デジカメ一眼で撮った写真は、
これぐらいの引き伸ばしは全然大丈夫。

といっても、
数百枚撮った中から、
これは、
と思えるのは数枚しかなかったんだよね。

腕、
やっぱり落ちてます。

先日、
その写真を姉ん家に届けたんだけど、
どうか額縁だけでも使って下さい。

写真よりも高価ですから(笑)

2014年4月11日金曜日

会見

一日遅れの話題だけど、
小保方さんの会見をチラリと見た。

最初こそすごい緊張していたけど、
途中からは笑みも出るなど、
その点だけでも大した人だなと思った。

いずれにせよ、
彼女だけが「200回以上作った」という、
STAP細胞の再現実験に、
世界中のだれも成功していないという状況は、
極めて不自然と言わざるを得ない、
ってとこかな。

私は作りましたっていくら言っても、
それを証明するものが何もないんじゃ、
どうしようもないね、
というのが正直なところ。

今のところSTAP細胞はUFOみたいなもの、
としか言えないな。

彼女だけが悪いのではないとは思うけど、
やっぱり一番の責任者は彼女でしょ。

ユニットリーダーなんだから。

確か公開実験やらしてくれるなら、
どこでも行くとか言ってたよね。

だれか実現させてあげたらどうかな?



2014年4月10日木曜日

節制

相変わらず、
米TVドラマ「ボーンズ」を見ているのだけれど、
女性主人公の法人類学者の名前が、
「テンペランス」と変っている。

テンペランスは英語で「節制」を意味する。

彼女はドラマの始まりのころは、
一般的な意味で感情に乏しく、
とことん理性的な、
どちらかというとロボットみたいな感じ。

そうなったのには、
彼女が里親を点々としたという幼少期の体験や、
実の両親が犯罪者であるとか、
さまざまな理由があるのだけれど。

それが、
ひょんなことからFBIの捜査に協力して、
捜査官ブースとコンビを組むことから、
少しずつ変って行く。

このブースという捜査官も、
非常に優秀なスナイパーなんだけど、
実父が暴力的で、
自分もギャンブル依存症だったという過去がある。

この二人が、
時に対立しながらも難事件を解決し、
その過程で互いを認め合い、
愛し合って行くことになる。

アメリカのドラマや映画では、
こうしたトラウマとか精神疾患を抱えた主人公が、
当たり前のように登場する。

2005年に第1シーズンが始まって、
いまだに続いているんだよね。

ぼくは一気に見ているけど、
リアルタイムで見ているアメリカ人は、
彼らの変化を本当に長い時間かけて知って行くわけで、
日本ではこういう長寿ドラマは少なくなったよね。

いってみれば、
サスペンス「渡鬼」。

日本のドラマは基本3か月単位になっちゃって、
早いものだと10話ぐらいで終ってしまう。

じっくり人間関係の変化を表現するなど不可能だ。

日本のドラマは基本見る気がしないけれど、
アメリカンドラマは当分はまりそうだな。


2014年4月9日水曜日

様式

スノボの角野選手が、
ももクロ聞きながら五輪を滑ってた、
って先日書いたけど、
実はぼくはももクロを聞いたことがない。

音楽の専門家によると、
ずいぶん画期的な音楽らしいけど、
キワモノアイドルぐらいにしか思ってなかった。

ジャニーズもそうだけど、
多くの人の心をつかんでいるのには、
それなりの理由がある。

この音楽にはついていけない、
とハッキリ思ったのは、
ぼくにとってはパフュームだ。

声をコンピューター的に変換した、
彼女らの曲は、
ぼくの中の歌手とは全く異なるもので、
認めたくなかった。

音楽的な進化は行き止まりだと言われ、
彼女らのような様式の新しさで勝負する時代なんだな。

でもぼくは歌手の歌そのものが評価される時代が必ず来ると信じている。

いや別に来ないとしても、
その古臭い道しか歩けない。

極めて偉そうだけど、
そういう歌手を目指している。

2014年4月8日火曜日

我儘

数年前、
建築家の安藤忠雄氏の講演を聞きに行ったことがある。

その時にぼくが質問して、
返って来た答えをよく覚えている。

「僕から施主に押し付けたことは一度もありません」

その時はウソだろと思った。

建築家と施主というのは、
協力関係ではあるけれど、
建築家がアーティスティックな理想を貫こうとすれば、
施主ともめることは容易に想像できる。

安藤氏があれほど個性的な作品を残せる鍵は、
彼に施主を「その気にさせる」話術があるに違いない。

その時はそう思っていた。

でも、
先日の情熱大陸を見て少し考えが変った。

安藤氏は現在、
中国で猛烈に働いている。

しかし、
中国の施主はワガママの極みだ。

建築が始まってから、
次々に無理難題、
設計変更を押し付けてくる。

日本では考えられないことだろう。

でも、
安藤氏は、
ぶち切れそうになりながら、
結局は施主の要望に答えるのだ。

もちろん、
中国は今世界で一番「おいしい」市場だから、
施主を失いたくないという気持ちもあるだろう。

でも、
それだけではない、
安藤氏の人柄というか、
「しゃーないなー」みたいな大阪人気質が、
施主のわがままを引き受けさせているように感じた。

ワガママすら楽しむというか。

72歳にして世界の現場を駆け巡り、
手帳にビッシリの予定をこなしていく安藤氏。

恐ろしいフットワーク。

他人のワガママに付き合いつつ、
自分も曲げない。

それを可能にするのはやっぱり体力なんだなと、
つくづく思った。


2014年4月7日月曜日

特種

何事も、
上達しようと思ったら、
先人の真似をすることから始める。

上達の早い人というのはつまり、
真似るのが上手い人だとさえ言える。

始めっから誰も真似ず、
オリジナリティのある人なんて、
皆無だ。

たとえ天才といえども、
まず絶対に始めは誰かの真似だ。

天才というのは、
真似るのが異常に早く、
しかも、
真似に含まれている本質、
その物事の本質を捉えるのが的確なのだと思う。

そうそう。

そんなことより、
今日テレビでやってた、
スポーツ選手の特ダネみたいな番組が面白かった。

印象に残っているだけでも。

バドミントンの優勝賞金と参加費が5万円。
つまり優勝してはじめて元がとれる。

アマチュアボクシングの計量は全裸。

バレーボールで長いラリーを制したあとに、
円陣組んでるのは、
喜んでいるのではなく、
ただ休憩するため。

女子バレーボールで、
身長185センチ以上の人はビジネス、
未満の選手はエコノミー。

横綱は付き人が10人いて、
風呂では自分で体を洗わない。

ドーピング検査は、
検査官の目の前でおしっこする(女子でも)。

カーリングの選手は、
ピンマイクをつけさせられる。

あと何だったっけな?

そうそう。

一番驚いたのを忘れてた。

スノボのフリースタイル。

あの選手たちって、
競技、
つまりすべっている最中にも、
音楽聞いてるんだって!

角野選手が言ってた。

彼はももくろとゴールデンボンバー聞きながら滑ってたって。

知ってた?

フリースタイル系は、
スキーでもそうなんだって。

でないと、
怖くて滑れないって!

あれには他の競技の選手も、
かなり驚いてたな。

いやいや、
奥が深いわ。

スノボ。

そして一番腹立ったの。

選手をエコノミーに座らせて、
自分らはビジネスで移動する、
協会の偉いさん。

逆やろ。

真逆。

あんたらは荷物と一緒でいいぐらい(笑)





2014年4月6日日曜日

矯正

久々に住吉のチョコパを食べた。

すっごい寒い日で、
食べたら余計に寒くなったけれど、
それでも今日は食べずにはいられなかった。

調べてみたら、
何と5か月ぶりだった。

なんか、
半年とか1年って、
本当にあっという間だ。

色んな人によく、
忙しいでしょ?

と聞かれる。

何と比較していいか分からないけれど、
たぶん、
フツーのサラリーマンと比べても、
別に忙しいわけではないと思う。

自分の過去と比べたら、
間違いなく今の方が異常に忙しいけど、
それは要するに、
以前のぼくが忙しくなさすぎただけなんだろう。

例えば、
普通のサラリーマンが、
残業して会社を夜11時に退社して、
翌日は9時出社したとする。

つまり退社後10時間で出社している状態だけど、
サラリーマンならこんなのザラでしょ?

でもぼくにとってはこれがかなり辛い。

それを忙しいとか、
キツいとか言えば、
サラリーマンから「アホか」と言われるだろう。

ぼくだって単なるサラリーマンなのだけど。

いやいや。

そんなことはどうでもよくて。

つまり、
なんだかんだ言って、
いつの間にかぼくの生活ペースも、
ここ数年の間に変っているということ。

あるいは、
心が変化している。

住吉でチョコパを食べるということは、
その変化を矯正するというか、
初心に返るというか、
そんな感じなのである。

2014年4月5日土曜日

改装

大阪駅からホワイティへの地下通路。

これまでは細くて暗くて、
ちょっとした「抜け道」感があったんだけど、
このたび、
改装されて「エキモ」としてオープン。

狭かった通路は広くなり、
両サイドには店舗が。

その中にはユニクロや、
三井住友のATMもあって、
ぼく的には非常にうれしい展開。

ただ、
当然のことながら人が増え、
歩きにくいのが難点だけど、、、

そういえば、
ぼくはまだグランフロントにさえ行ってなかった。

土曜日にでも行ってみるか。

夜は久しぶりに住吉にも行ってみるか。

2014年4月4日金曜日

無用

会社からスマホを貸与された。

当然のことながら、
業務以外の使用は禁止。

あのね。

ぼくの今の仕事では、
外出先から社用で電話することなんて、
まぁ年に一回もあるかないか。

はっきり言っていりません。

にも関わらず、
会社には適当な保管場所がないから、
各自持ち帰るように、
だって。

荷物増えるだけ。

母怒るの巻。

どうして会社って、
必要な物はそろえてくれないのに、
どうでもいい、
こんな物はホイホイ買うのだろう?

正真正銘、
無用の長物だ。

電源も入れず、
箱からも出さず、
そっとしまっておこう。

2014年4月3日木曜日

祝賀

もぅ、
ぼくの周囲はおめでた続き。

赤ちゃんじゃないよ。

結婚だよ。

けっこん。

知り合って7年ほどになる人が、
先日結婚したのだと、
昨日知った。

オイオイ、
聞いてないゼ。

事後報告とは失礼な。

ぼくは了解してないぞ。

って何でアンタに了解求める必要あんねん!

そりゃそうだけど、、、

まぁオメデトウ。
よかったよかった。

お幸せに。

で。

式や披露宴の写真を少し見せてもらったんだけど、
幸せそうなことよ。

そそそ。

姪もそうだったんだけど、
年頃のお嬢さんがやたら痩せ始めたら、
結婚のサインだな。

今後の参考にしよう。

で。

その披露宴に出た、
同じく7年ぐらいの知り合いになる人が、
披露宴の写真に映っていて、
「あは、コレはだいぶんマシに写ってるやん」
と言ったところ、
左側にいたその人と、
右側にいた新妻から、
同時にどつかれました。

あぁ平和やなぁ。

結婚しようが出産しようが、
それはそれでいいから、
こういうホッコリした場がいつまでもあって欲しいと、
しみじみ感じた。

2014年4月2日水曜日

着信

家で高校野球を見ていたら、
めずらしく携帯に着信。

元嫁さんからだった。

2年ぶりぐらい?

何かよからぬことが起きたのかと、
考えながら出ると、
結婚した姪へのオメデトウ電話だった。

彼女、
たまにこのブログを見てくれているらしい。

別れてもう十数年になるけど、
今でもぼくやぼくの親族を気にしてくれているのは、
素直にうれしい。

この十数年、
ぼくは七転八倒してたわけだけど、
彼女は再婚して出産、
今は頑張って子育て中だ。

彼女の子どもも成長し、
もう十数年もすれば、
結婚なんていうことになるのだ。

いやぁ、
人生ってダイナミックですね。

●水曜日に元町に行かせていただきます。お気づかいねぐ。




2014年4月1日火曜日

人柄

いいとも終ったね。

夜の特番の最後のタモリのあいさつ。

仕事しながらチラッと見たんだけど、
帰って来たらネットに全文がアップされてたので、
コピペ。

すいません。すいません、立っていただいて。申し訳ございません。こんなに集まっていただいて、本当にありがとうございました。お忙しい中。

 出演者、スタッフのおかげで32年間、無事やることができまして。まだ感慨というのがないんですね。ちょっとホッとしただけで。来週の火曜日ぐらいから(実感がわいて)くるんじゃないかと思います。

 明日もアルタに行かなきゃなりません。楽屋の整理がありますんで。私物がいっぱいおいてありますんで。

 まー、考えてみれば、気持ちの悪い男でした。こういう番組で、以前の私の姿を見るのは大嫌いなんですよね。何か、こう、気持ち悪い。濡れたしめじみたいな感じ。嫌ーな、ヌメ―っとしたような感じで。本当に嫌でして、私、いまだに自分の番組、見ません。

 また、それで性格が特にひねくれておりましてね。不遜で、生意気で。世の中、ナメくさってるんですね。そのくせ、何にもやったことがないんですけども。

 それがどうしたわけか、横澤プロデューサーから仰せつかりまして、だいたい3カ月か半年ぐらいで終わるんじゃないかと思っていたところが、32年になります。

 生意気なことでやっていたんですけども、その長い間に視聴者の皆さま方がいろんなシチュエーション、いろんな状況、いろんな思いで、ずっと見てきていただいたのが、こっちに伝わりまして、私も変わりまして。何となくタレントとして形をなしたということなんです。

 視聴者の皆さま方から、私にたくさんの価値をつけていただき、またこのみすぼらしい身にたくさんのきれいな衣装を着せていただきました。そしてきょうここで、皆さま方に直接お礼を言う機会がありましたことを感謝したいと思います。32年間、本当にありがとうございました。お世話になりました。

なんか妙に感動してね。

番組始まったのが、
大学に入る前の年。

社会人になってからは、
ほとんど見てなかったけど。

でも、
日本のお昼にはこの番組があるというのは、
見てなくても心のどこかにあって、
だから終るということに、
自分でも不思議なほど感慨があるんだよな。

で、
このあいさつ、
無茶苦茶正直な感想だと思う。

タモリという人柄が、
とてもよく表れている。

そんな気がして。


遺志

30日は親父の13回忌だ。 あーそんなになるのか、 と言うのが率直な感想。 親父が亡くなる直前、 僕は酒を辞めた。 復職して最初のボーナスが出た日、 入院していた病院に行って報告した。 もう親父はかなり弱っていて、 ほとんど喋れなかった。 でも...