2008年8月7日木曜日

自転車Ⅶ

あるべきはずの場所から、
突然消えてしまった自転車。

それは、
ぼくの恩人の象徴だった。

それに気づいたのは、
この「自転車」というブログを書き始めて、
数日たってからのことだった。

ぼくが今、
仕事を続け、
ジャズを学び、
お気楽に生活していられるのはすべて、
1年余り前に知り合った、
その人のお陰だ。

その恩人が、
転居することになり、
最後に会う機会が、
自転車がなくなった翌日に迫っていた。

出会いがあれば、
別れがある。

そんな事は当たり前だ。
ぼくだって、
愚かな半生とはいえ、
ダテに年はとってない。
それぐらいのことは学んできたはずだ。

互いに生きてさえいれば、
いつか再会することもあるさ。
笑顔でお元気でと、
言えばいい。

そう思いながら、
ぼくの頭は数日間、
その人の事で占拠されていたといっていい。

自転車が止まっていない駐輪場を見た時に感じた、
座ろうとして椅子がなかったような、
頭の中の感覚と現実が一致しない戸惑いとは、
その人が身近にいなくなるという現実の先取りだった。

翌日に訪れる、
その事を恐れていたからこそ、
ぼくは、
本当は自分が余所に止めたにもかかわらず、
駐輪場に自転車がないことに気づいた瞬間、
「あぁ、なくなってしまった」と思い込んだのだ。

ぼくは翌日、
その人に会わなかった。

会って型どおりの挨拶をするのも面映ゆいし、
ぼくの感謝の念は伝わっているはずだ。

それで充分じゃないか。。。

でも、
ぼくが避けて通ろうとした喪失感は、
形を変えて、
すでに前夜、
ぼくのもとを訪れていたのだった。


●この項終わり●会社帰りに「スカイ・クロラ」を観た。拍子ぬけするほどすいていたけど、確かに、分かりにくいというか、ストーリー性に欠けるので地味な作品と言っていいと思う。こみあげる感動はない。ただ、押井守監督の伝えたいことはじわっと感じ取れた。いつの時代であっても若者が抱える苦しみ。癒されることなく、再現なく繰り返される生きずらさ。一般にデフォルメされる2次元アニメの部分こそ実はリアルで、細密なCGを駆使した空中戦の描写はアン・リアルだという、表現方法の逆転がカギだと思う。

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