悔しさを押し殺しているようには見えなかった。
むしろ諦念、
あるいは無。
谷亮子ほどの勝負師なら、
目の前にいるルーマニアの選手に勝てるか否か、
同じ畳で対峙した瞬間に分かったはずだ。
勝てないかもしれないと感じたからこそ、
まともに組まなかった。
組めなかった。
一方、
ルーマニアの選手は、
勝てるかもしれないと思ったはずだ。
だが相手は五輪連覇中の女王。
組みたくとも、
無意識が組ましてくれなかった。
勝てないかもしれない。
勝てるかもしれない。
同じ畳の上にいる審判は、
組み合おうとしない両者の中の、
微妙な違いを感じ取ったのではないか。
実績と経験で固めた、
YAWARAという鎧。
谷は容易に覗かせようとはしなかったが、
その中身の脆弱さを誰よりも分かっていたのは、
ほかならぬ谷自身だっただろう。
判定で敗れた後、
谷が見せた表情は、
もはや鎧をまとい続ける必要のない、
柔道家・谷亮子の素顔であったのだと思う。
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