2008年12月5日金曜日

加速

人の第六感とは「加速感」ではないか。

福岡伸一氏は「できそこないの男たち」(光文社新書)で、
そう述べておられる。

赤ちゃんが高い高いをしてもらって喜ぶのも、
人がジェットコースターに熱狂するのも、
その加速感が「快」だからだと。

視覚
臭覚
味覚
聴覚
触覚

そのすべてを奪い取られても、
なおぼくたちは加速を感じることができる。
だが現代科学をもってしても、
加速を感知する仕組みは分からない。



ザ・ローリング・ストーンズのライブ映画「シャイン・ア・ライト」。
5日から劇場公開されるのにもかかわらず、
DVDを買ってしまった。

こどものころは完全にビートルズ派で、
というより、
ストーンズのことはほとんど知らず、
実際今でもよく知らないのだが、
還暦をすぎた男4人の、
この驚くべき映像を見て、
完全にノックアウトされた。


かっこよすぎる


それは、
音の加速感であり、
バンドの歴史の加速感であり、
メンバーひとりひとりの人生の加速感が、
全部ひとまとまりになって、
画面から押し寄せてくるからだ。

ノスタルジックなんかじゃなく(実際ぼくは彼らの曲はほとんど知らない)、
現在進行形で、
どの曲もすばらしくドライブし、
「うわぁー」とぼくをどこかへ連れていく。
きっと映画館で見ればもっと凄いことになってしまいそうだ。



先の福岡氏は、
こうも述べている。


 私たち人間は、媒体としての時間の存在を知覚することができない。時計も、カレンダーも、日記も、等速運動を分節しているだけで、時間の運動そのものの実感を知らせてくれはしない。  
 時間の存在を、時間の流れを知るたったひとつの行為がある。時間を追い越せばよい。巡航する時間を一瞬でも、追い越すことができれば、その瞬間、私たちは時間の存在を知ることができる。時間の風圧を感じることができる。それが加速覚にほかならない。
 巡航する時間を追い越すための速度の増加。それが加速度である。加速されたとき初めて私たちは時間の存在を感じる。そしてそれは最上の快感なのだ。なぜならそれが最も直截的な生の実感に他ならないから。


ストーンズの音楽も、
紛れもない「生」を実感させてくれた。

ジャズもまた、
そういうものなのだと思う。


●生命保険を整理した。車もなくなった。もっと生き方をスリムにして、人生の加速感を味わいたい●神戸・ルミナリエが始まった。今日は比較的暖かく、人でもさほどではなかったとの情報あり。

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