2009年3月7日土曜日

杵柄

唐突だけど、
小学校で一輪車が教えられるようになったのはいつだろうか。
少なくともぼくが子供のころのは一般的ではなかった。

でも、
大学生になる姪は普通に乗れる。
つまり日本人は、
一輪車に「乗れる世代」と「乗れない世代」に分かれるわけだ。

考えてみればすごいことではないか。
ぼくにとっては一輪車なんて「曲芸」の世界の乗り物で、
自転車とは次元が全く違うそんな物に上手い下手はともかく、
そこらの若い人はみな乗れるのだ。

具体的には想像できないけど、
一輪車に乗らないと、
あるいは乗れる能力がないと命がないという場面では、
ぼくらの世代はほとんどが絶望ということだ。

んな大げさなと思われるかもしれないが、
泳ぎを考えてみればいい。
目の前の100メートルを泳ぎ切らないと死ぬならば、
ぼくはほぼ絶望だ。

逆上がりや蹴上がりなど、
鉄棒の技を懸命に練習した覚えは誰にでもあるはず。
運動でなくても九九だってそうだ。

三つ子の魂なんとやら。
一輪車ひとつといえど、
それによって養われた感覚は、
「世代の感覚」として芸術なんかにも反映しているかもしれない。



●日本一輪車協会の設立は1978年。全国的に普及したのはいつのころだろう●東京中央郵便局を保存しようと騒いでいる鳩山弟。まさか麻生の後釜を狙ってるんじゃなかろうな●「百万円と苦虫女」をDVDで。映画の出来はともかく、蒼井優の魅力はわかった。

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