2009年5月26日火曜日

伝達

耳が聞こえない先生に、
子どもが何か尋ねている。

「先生、好きな色は?」

先生はその子の唇の動きを読み取って答えた。

「今はいないの」



先生は「好きなiro」を「好きなhito」と間違えたのだ。
確かに口の動きが似ている。


先日たまたま、
しかもちょっとだけ見た番組のひとコマだけど、
聴覚障害者はこうした「聞き間違い」に苦労するらしい。
だからある人は、
「思い込まないように気をつけています」と話していた。

「色」と「人」の間違いは微笑ましいけど、
命に関わる事だってあるだろう。
大変なんだなぁと思ったが、
考えてみればぼくたちも同じだ。



人間は文字や楽譜を発明して、
言葉や音楽の流通性を爆発的に拡大させたけど、
文字や音符に込められた本当の意味を理解するのは、
なかなかに難しい。

というか、
記号に込められる意味の量は最初からたかがしれている。
だから、
記号を介して行われる、
ぼくたちのコミュニケーションは、
ほとんど誤解の上に成り立っているといっていい。

少なくとも、
それぐらいの心構えでいた方がいい。

心と心が直接結びついたような状態を、
仏教では「拈華微笑」(ねんげみしょう)というが、
その地点を100だとすれば、
ぼくたちの地点は1でもないだろう。

●中国が神戸市に子ども用マスク10万枚を寄贈した●北朝鮮が核実験を実施した。

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