2010年2月28日日曜日

相反

バイアスロンなんて競技、
たぶん4年に1度、
五輪の時しか見ないだろうし、
今回の五輪中継でも、
だいたい未明というか、
このブログを書いている時ぐらいにやっていた。

スキーと射撃を組み合わせたこの競技は、
想像通り、
狩猟や軍事訓練がルーツなんだけど、
動的なスキーと静的な射撃という、
相反する要素を組み合わせたところが妙。

いくらスキーが早くても、
射撃に失敗すれば一発ごとに、
150メートル余分にすべらなければならない(確か)。


相反する要素の複合という意味では、
パン食い競走でも、
アメ食い競争でも、
原理は同じだ。

このユニークさがありなら、
例えば、
マラソンの給水所でダーツをさせて、
点数に応じてトラック何周とか、
ウェイトを増やしていくとか、、、

それじゃ、
お笑い芸人の出るクイズ番組みたいだけど(笑)


そういえば、
マラソンや富士登山がブームだとか。

その気持ちは分かる。
特に五輪を見ていると、
つい自分も何か「達成」したくなる。

何か「達成」したことって、
ぼくにあったかな?


それにしても、
パン食い競走が五輪競技になったら、
絶対見たいな。

2010年2月27日土曜日

銀盤

キム・ヨナの演技中、
浅田真央は浜崎あゆみの曲を聞いていたそうだが、
イヤホン越しに聞こえてきた大歓声で、
ヨナが素晴らしい演技をしたことは分かったそうだ。

その時点で、
自分の金はないと悟っただろう。
浅田はただ自分が完璧な演技をすることだけに集中したはずだ。

しかしそれはかなわなかった。

だから演技の後の抑え切れなかった涙は、
金を逃したことでも、
ヨナに負けたことでもなく、
自分に勝てなかったことへの悔し涙だっただろう。


19歳同士。
「宿命のライバル」とも評される二人のアスリートの、
どこに差があったのかと考えると、
大きく言えば「人生観」みたいなものではないだろうか。

五輪を、
自分の人生の一つの過程として考えられるヨナと、
それまでの人生の集大成と捉えてしまう浅田。

言いかえれば、
浅田は東大に入ることが目標の人で、
ヨナは優れた研究者になるために東大を目指す人みたいな。


大舞台に向け考え得るあらゆる練習をし、
納得づくで銀盤の上に立ったはずの浅田だった。

3回転半を2回決め、
本来なら行け行け状態になれるはずだったのに、
後半、
エッジが氷に引っ掛かってしまったため、
3回転を諦めて1回転にした。

浅田が最も悔いていたのは、
その自分の弱さだろう。

最後の最後で、
自分を信じてやれなかった自分。


でも、
浅田は自分の弱さを知ったことで、
きっともっと強くなる。

4年後にもう一度「鐘」を見てみたい。

●鈴木明子、安藤美姫。よかったよかったという感じ。

2010年2月26日金曜日

後悔

もし、
「一番嫌いな言葉は何ですか」と尋ねられたら、
間違いなく「後悔」だと答える。

ま、
「後悔」が好きな人なんていないだろうけど、
ぼくはとにかく後悔しない。

「反省すれど後悔せず」

前にも書いたが、
若い時のある日、
ぼくはこの言葉を人生のモットーと決めた。


あれから数十年の歩みの中で、
あの道を選んでいたらと、
想像してみることはある。

でも決して後悔の念には結びつけない。

なぜなら、
結果的にその道を選んできたのはぼく自身だからだ。


たとえそれが他人の強制や、
そうせざるを得ない不本意な状況であったとしても、
それを甘受したのはぼくだ。

自分がなした行動の結果について、
後悔するほど馬鹿らしいことはない。

反省は前向きな態度だけど、
後悔は後ろ向きでしかない。

そう思ってきたし、
これからもそうあり続ける。


もちろん客観的にみた場合、
「お前少しは後悔しろよ」って自分に突っ込みたい部分が、
多々あるのだが、
それでも歯を食いしばって後悔しない。

これは意地の問題だ。


ところで。

「愛とは決して後悔しないこと」

「ある愛の詩」(アーサー・ヒラー監督)で余りに有名なこの台詞の意味が、
実はずっと分からなかった。

今回いい機会なので調べてみた。

実際の台詞はこうだ。

Love means never having to say you're sorry.


英語得意じゃないんでピンとこないけど、
「愛しているなら『ごめん』なんて言わないで」
っていうあたりが自然な訳らしい。


でも、
そう言われて改めて、
「愛とは決して後悔しないこと」というのが名訳だと思えてきた。

愛するという行為は、
どんなに辛いことや苦しいことがあっても、
絶対に後悔しないという決意と、
まさにイコールなのだ。

要は心の持ちよう。

後悔するもしないも、
自分次第なんだ。

●前に「反省すれど後悔せず」と書いたのは、去年の4月7日付け。ライブの夜の書き込みだった。もうじき一年になるのか、、、●真央、後悔するなー●元町で、サングラスをかけたブルドックと、花束を抱えて商店街を歩くペンギンを見た。

2010年2月25日木曜日

顛末

読売新聞の朝刊社会面(大阪版)に載っていた記事に目を引かれた。

「夫婦すれ違いの悲劇」という見出しで、
大阪淀川区で今年1月に起きた心中事件の顛末を紹介している。


42歳の調理師の男は、
株で500万円の借金を抱えたことを悲観し、
同い年の妻と、
中学3年生の長男と小学6年生の長女の首を絞めて殺した。

自分も死ぬつもりだったが果たせず、
翌日警察に出頭したという。


ここまではどこかで聞いたような話だが、
その後、
妻に2000万円の貯金があったことがわかる。

兼業主婦だった妻は夫に内緒で、
子どもの学資として貯めていたらしい。

妻は夫の借金に気付かず、
夫は妻の貯金のことは知らなかった。


もし夫が借金のことを妻に打ち明けていれば、、、

もし妻の貯金のことを夫が知っていれば、、、

そこが悲劇だというのだろうが、
そんなことは考えても詮無き事。

夫に同情の余地は全くない。


合意の上での心中ならまだしも、
無理心中、
それも未遂。

妻子を殺しておいて、
自分は死に切れなかったという話ほど腹立たしいものはない。

特に、
すれ違い夫婦の犠牲になってしまった子どもが不憫でならない。

「殺人犯の子と非難されるのが哀れで道連れにした」と男は言っているそうだが、
身勝手もはなはだしい。


この男、
自力では死ねなかったのだから、
国家権力で思いを遂げさせてあげるのが、
残された唯一の道だと思う。


●浅田真央やった!正直、ヨナより上では?と思ったけど、専門的に採点すると、ああいうことになるのだろう。ヨナの最後の決めポーズの後、NHKのアナウンサーが「撃ち返されました」と言ったあの台詞は絶妙だった。フリーのある金曜日はTVにくぎ付けになる。よって、元町には今日行こう。

2010年2月24日水曜日

余計

会社帰りにヨドバシに寄り道した。

手のひらサイズのパソコンがあって、
その実物を見てみたかったからだ。

それはすぐに見つかり、
予想と違わず小さくて軽く、
とてもいい感じだった。

若い男の店員に、
ネットにつないでもらえないかと頼んだら、

「いいですよ」

って軽く引き受けてくれた。


ところがなかなか上手くいかない。

3分か5分か。

あんまり手間取るので気の毒になってきて、
でもそのPC自体はとっても気に入ったので、

「もういいですから、これください」

と言ってしまった。


ところがこの若い男の店員は、

「これよりも3000円高いですけど、こちらの方が性能がいいですよ」

と隣の製品を勧めてきた。


ぼくは最初のヤツがデザインも含めて気に入っていたので、
性能は良いけど無骨な隣のヤツには全く興味がなかった。

それでも店員はその無骨なヤツでネットにつないで、

「こんな感じです」

って画面を見せてくれた。


そのネットの画面の文字が、
思った以上に小さかった!

まるで契約書とかの裏の細則みたいに、
読まれることを拒絶しているようだ。

これは予想外だった(今思えば当たり前だが)。

駄目だ。
目がついていかない、、、



結局、
ぼくは店員君の肩をたたいて、

「いろいろありがとう。ちょっと考えます」

と言って店を立ち去った。


「これください」ってぼくが言った時に、
店員君が隣の製品を勧めてなければ、
ぼくはきっと今小さな画面のPCと格闘していただろう。

店員君の行為は、
店にとっては余計だった(かもしれない)が、
ぼくにとっては結果的に親切だった(かもしれない)。


こうして衝動買いは回避された。

●いよいよ真央発進。

2010年2月23日火曜日

明日

aikoの「戻れない明日」について、
おととい書いてから、
ずっと考えている。

考えれば考えるほどこの言葉、
騙し絵を見ているような不思議な感覚になってくる。


彼女がこのタイトルをつけた理由は、
彼女自身が述べているように、

「覚悟を決めて明日を迎える”ことを違う言葉で表現しようと思って」

ということだが、
それはどういうことだろうか。


「明日」とはそもそも先にあるものだから、
「戻れない」のは論理的に当然だと、
そう理解すれば身も蓋もない。

そうではなくて、
「明日」には戻りたくても戻れないという風に考えればどうなるか。

あるいは、
「明日に戻る」つまり「先に戻る」とはどういうことか。

もっと言えば、
「戻る」とはどういう意味か。

goo辞書にはこうある。

(1)ある場所から離れて、再びもとの場所に帰り着く。また、もとの場所の方向へ引き返す。帰る。
(2)持ち主や本来あった場所に返される。
(3)以前の状態に再びなる。旧に復する。



ちょっと方向を変えて考えてみよう。

明日は何もしなくても生きている限りやってくるけど、
その明日の時点から再び今日には絶対に戻れない。

だから「戻れない明日」の戻れないというのは、
「引き返せない」という意味にとれる。

明日になれば今日には引き返せない。
時間は一方通行だと。


例えばタイムマシンで過去に戻って、
そこにいる自分に会えば、
様々なことを言ってやりたくなるだろう。

では未来の自分に会えたとしたらどうだろう。
その自分が「残念だけどもう戻れないんだよ」と言ったら、、、

かなり怖い(笑)


●こういう新しい感覚を呼び覚ます言葉づかいは新鮮だし、芸術的だなぁと思う。

2010年2月22日月曜日

自失

女子フィギュアが間もなくということで、
Nスペで浅田真央の特集をやっていた。

フリーで滑る「鐘」という演目がいかに高難度であるか。

番組の眼目はそこにあるようだった。


「ジャンプと表現の両立」という難題に挑む浅田は立派だ。

でも、
やっぱりこの演目は今の彼女には荷が重すぎると思う。


昨年のロシアグランプリでひどい演技をしたあと、
タチアナ・タラソワコーチは浅田に聞いたそうだ。

「本当に鐘のままでいいの?」

それに浅田はこう答えたという。

「変えたいとは思わない」


その心境について語る浅田の言葉が印象的だ。

「まだパーフェクトに滑ってないですし、今まで積み重ねてきたものを、そんなにすぐには出来ないからとか、試合で完璧にやってないのに、変えるのはもったいないと思いましたし、それは無駄になると思いましたし、あとやっぱりタチアナ先生に申し訳ないなっていう気持ちでした」


最後の「タチアナ先生に申し訳ない」という部分が大問題だ。


荒川静香の例を思いだす。

彼女は長野五輪で惨敗し、
二度と五輪には出ないと誓ったという。

周囲からあれこれ言われ、
中には正反対のアドバイスもあり、
完全に自分を見失った苦い経験したからだ。

だからトリノ五輪に選ばれた時、
2度と同じ過ちは繰り返さないと誓った。

周囲の意見ではなく自分の考えで行動すると。

彼女もそれまでタラソワに師事していたのだが、
モロゾフコーチの意見も聞きたいと思い、
タラソワに相談した。

この時タラソワは「彼をとるか私をとるかどっちかにしなさい」と迫ったという。

荒川はここで決断する。
彼女はタラソワを蹴ってモロゾフにコーチを変えた。


それは彼女が「金」を取った今だから言える結果論かもしれないが、
浅田の言葉を聞いていると、
どうしても彼女自身、
「鐘」という演目を好きではないように思えてならない。

スポーツ選手は一般にプラス思考だし、
そのようにメンタルトレーニングも積んでいる。

だから、
取材を受ければ、
「このリンクは滑りやすい」とか、
「調子はいい」とか、
「金が取りたい」とか、
発言は威勢がよく一見頼もしげに映る。

それでも、
今の浅田は自分を見失っているように見える。


とにかくターゲットはキム・ヨナしかいない。
彼女と互角に戦うためには、
フリーの「鐘」よりまず、
SPで大きく離されないことが絶対条件だろう。

もしここで大差がつくようなら、
「鐘」での挽回はありえないように思う。

●浅田のビデオを見ながらタラソワが「あなたは一番強い人間よ。一番強い人間よ」と繰り返し、涙まで流していたのには驚いたが。

2010年2月21日日曜日

愛称

カーリング女子の日本代表は、
なぜか「チーム青森」という。

それはマズイと思ったのかどうなのか、
今回は「クリスタルジャパン」という愛称が付いている。

トリノ五輪の時は、
「カー娘」って言ったはずだけど。


愛称ではないが、
「大輔」といえば昔は荒木大輔だった。

それから松坂大輔になり、
今では高橋大輔かもしれない。


「アイ」と言って思い浮かぶのは、
福原愛か宮里愛か。


女子ゴルフの横峯さくらは「さくら」、
上田桃子は「ももこ」だが、
諸見里しのぶは「しのぶ」とは普通呼ばない。

「ゴン」といえば長らくサッカーの中山雅史であったが、
今では巨人のゴンザレス投手の方がしっくりくる(人もいる)。


たかが愛称とはいっても、
世間に浸透するかどうかは結構微妙だ。


「アイコ」といえば、
時節柄上村愛子だろうが、
aikoもなかなかどうして頑張っている。

新曲「戻れない明日」。

「昨日」ではなく「明日」というところがすごい。

想い出は人を切なくさせる それはあなただけじゃない
心に生まれた影が多い時程 涙は出るものなの

細い手首に巻いた大切な赤いひも
願いが叶って切れる日を
あたし気付くといつも祈ってた

あたしはあなたじゃないから全てを同じように感じられないからこそ
隣で笑ってたいの 悲しくなった時は沢山泣いてもいいけど
ずっとそこにいないで うずくまったりしないで

毎日悩んでしまう事はそんなに悪い事じゃない

ずっと上向いて何を思っているの?
あなたのその目が好きだった
誰にも奪えない大切な物

心の向かった場所が本当か間違ってるかなんて解らないから
あなたに降る星 あたしに吹く風
見守っていて 包んで 離れないでいて

どんなに考えても答えはないよ ふたつとしてないものだから

あたしはあなたじゃないから全てを同じように感じられないからこそ
隣で笑ってたいの 悲しくなった時は沢山泣いてもいいけど
ずっとそこにいないで うずくまったりしないで

一緒に見たいの 戻れない明日を



●彼女自身がこう言っている「なんとなく『milk』(09年2月リリースのシングル)の頃からなんですけど、覚悟を決めて明日へ向かうとか、後悔をしないとか、そういうことが自分の中でテーマになっているところがあるんです。“こうすれば良かったな”じゃなくて、“こうしたい”って思いながらちゃんと明日を迎えるっていうことを忘れないように、自分に対して刻みつけようとして書いたところもある気がしますね。だから、タイトルも“覚悟を決めて明日を迎える”ことを違う言葉で表現しようと思って、『戻れない明日』にしたんです」●ジャンプLH期待して見てんのに、、、

2010年2月20日土曜日

一流

スピードスケートの清水宏保選手は、
バンクーバー五輪の解説者として、
様々なメディアに引っ張りだこだが、
ぼくは、
朝日新聞で西村欣也編集委員と対談した時の、
次のくだりが印象深い。

彼は五輪のプレッシャーにどう対処したのか。


清水 例えば試合当日、僕は3時間半ぐらい前に会場入りします。まず何を最初にするかというと観客席に座る。4カ所ぐらいに座って、自分の滑っている状態をイメージしながら、メンタルリハーサルをするんです。これでかなり落ち着くことができます。

西村 以前、試合前「幽体離脱」するように、自分を上から見て、自分自身を客観視する、という話もうかがいましたね。

清水 それもやりますね。ずっと上までもっていくと、さらに自分のちっぽけさがわかるんです。地球には戦争をしている場所もある。地震で壊滅している都市もある。地球温暖化で沈もうとしている島もある。自分はこんな小さなリンクで、レースなどという小さなことに悩んでいる。なんとちっぽけな存在か。そう感じられるようになれば、すっと楽になれるんです。プレッシャーなんてどうでもいいことだと。人それぞれの考え方がありますから、一流の選手はそれぞれの方法を持っていると思いますけどね。


スケート滑るのに、
地球温暖化まで考えるとは、、、

発想の跳躍力。

鋭利な切り替え。

恐れ入りました。


人間死ぬ気になれば何だってできる


こういうことを人は割に簡単に口にするけど、
実際死んだことないんだから、
その気になるのは案外難しい。

悩んだ時には地球温暖化を考える。

有効かもしれない。

でもぼくがやると周囲からは、
幽体離脱というより、
本当に「単に浮いているヤツ」と思われそうだけど(笑)


●高橋大輔「銅」。4回転失敗してなおだから立派なもの。感動した●トップランナー北村一輝。面白かった●元町へ行ったのだが、ペンギンさんはお休みとのこと。残念でした(泣)

2010年2月19日金曜日

相対

自転車置き場の階段に生えた苔の話で、
苔が生えている場所についてぼくは、

「12段ある階段の7段目」

と書いたが全くの出鱈目だった。

本当は20段ある階段の3段目。

最初に書いた時から適当ではあったのだが、
ここまで違うと笑ってしまう。

いかに記憶があてにならないか、、、

ぼくがアホなだけなのか、、、



ぼくに絶対音感はないけど、
「耳」はそんなに悪くはないと思っていたが、
ネットの音感チェックサイトを試して唖然とした。

最も単純なドレミファソラシでさえ、
かなりの確率で間違えた。

12音やコード系になるともうお手上げだ。

こりゃもうコツコツと相対音感を鍛えるしかない。

登るべきすごい山を見つけた気分だ。



国母選手8位入賞。
「銅」メダルをとる夢まで見てあげたのに。

しかしホワイト選手。
スノボHPは彼が胴元みたいなものだ。
今回も「彼とその他大勢」の構図だった。

何でも、
自宅からヘリでコロラド山中に作った専用コースで、
毎日練習しているらしい。

それでも、
あの3D技を苦も無くやってのける才能は、
天賦のものに違いない。

絶対音感に相当する、
絶対3D感みたいなものが彼にはあるのだろう。

国母選手が努力で彼に追いつくには、
どれほどの練習が必要だろう。

4年後の彼がまた見たいナ。

2010年2月18日木曜日

霊性

高橋大輔のSPを観ていて、
この表現力は天性のものだろうか、
あるいは鍛え上げられたものだろうかと、
考えてしまった。

例えば、
スッと腕を上げる、
パッと振り返る、
その仕草だけで、
彼は何かを語ることができる。

技術を超えて、
彼の体が何かを発しているとしか思えない。

それをオーラ(霊性)というなら、
彼には間違いなくオーラがある。


彼の演技で特筆すべきだと思うのは、
技と技の連係がスムーズだという点だ。

一流の選手でさえ、
ジャンプの前後は一種の空白があるけど、
彼にはそれがない。

ジャンプを含めすべての演技が一体となり、
だからこそ観衆の心を捉えて離さない。

五輪という大舞台で、
ああいう魔法がかけられる選手は、
本当に稀有な存在だ。


この段階で、
フリーのターゲットはプルシェンコただ一人に絞られたといえる。

プルシェンコは相変わらず凄いけれど、
4年前に比べれば体の切れは落ちているように、
ぼくには見えた。

むしろ演技のスムーズさでは、
高橋の方が上回っているほどだ。

SPの結果で、
プルシェンコの独走という先入観は、
かなり和らいだのではないか。

高橋はフリーで「4回転を絶対に飛ぶ」と言っている。
それが決まれば、
仮にプルシェンコがベストを尽くしても、
超えることができるかもしれない。

2010年2月17日水曜日

質問

授業とかで、
「それはよい質問だね」
と言われれている人を見てうらやましくなって、
何とか自分も「よい質問」を考えるのだけど、
愚問しか浮かばない。

よい質問は、
頭のよい人にしかできない。

そう思うようになった。


よい質問に答えはいらない

確か昔、
そんなような事を聞いた覚えがある。

たぶん、
質問の立て方が正しければ、
あとは考えるだけだという意味だと思う。

あるいは、
質問をする相手と、
思考の道筋が同じということかもしれない。

かといって、
相手に迎合するような質問は言語道断。

「よい質問」って本当に難しい。


ネットにセス・ゴーディンという人が提唱する、
「質問の7カ条」というのが紹介されていた。

1 問いかけの無い質問をするな。例)「あなたは隣人から嫌われてますね。」「あなたが奥さんを殺したと考えている人もいますよ。」

2 1回に多くの問いかけをするな:結局どの質問にも答えてもらえない。例)「起業するのは初めてですか?どうやってスタートさせたのですか?」

3 難しすぎる問いをするな。例)「殺人で起訴されるというのはどんな気分ですか?」

4 自分の意見を入れるな。(例)「クライスラーをどう思いますか?僕は嫌いなんだけど・・・」

5 聞いてはいけない一言を聞くな。(例)「プロレスってヤラセですよね?」とプロレスラーに聞く。

6 表現を誇張するな:逆に回答が控えめになってしまう。

7 「はい」「いいえ」で終わる質問をするな。


5が笑える。


ところで、
質問と疑問の違いって何だろう?

●嬉しい誤算の長島「銀」加藤「銅」。ちなみにバンクーバーの地元紙では、国母は「銀」予想だそうだ。

2010年2月16日火曜日

語感

「嘘を吐く」という活字を見た時、
「うそをつく」と読むのだと理解はしていても、
それより先に「うそをはく」と生理的に読んでしまう癖は、
いまだに抜けない。

「酷い」も「ひどい」より「むごい」が先だ。

こういう語感はなかなか矯正されない。

この二語は、
最近の小説で特によく使われているように感じられる。


「反省してまーす」と言った国母選手に、
生理的反発を覚えるのは、
きっと日本人だけだ。

この感覚を外国人に説明するのは、
ほとんど不可能に思える。

「反省しているという言葉をだらしなく発音した」と説明して、
さらに「つまり彼は本当は反省などしていないと多くの日本人に受け取られた」
と補足しても、
日本人なら生理的に感じる感触をそのまま伝えることはできないだろう。

当然逆もまたしかりで、
外国語にあるであろう「反省してまーす」的な感覚は、
ぼくには一生実感できまい。

先日亡くなったサリンジャーの「ライ麦畑でつかまえて」は、
きっと英語のネイティブなら感じ取れる多くのニュアンスが、
日本語では抜けていて、
たぶんその抜けてしまったところこそが、
この小説の肝ではないのかとさえ思える。


話は前後するが、
国母選手のくだんの発言はYouTubeにもアップされていて、
それを見ると「反省してまーす」の直前に、
「ちっ、うっせーな」と言っているのが、
確かにマイクに拾われていた。

そういえば、
あの一件の後、
国母選手が銅メダルを取る夢を見た。

なのにマスコミの扱いは異様に小さいという、
変てこな夢だった、、、


で、
ここからが本題なのだけど、
「ミステリアスセッティング」(阿部和重著、講談社文庫)。

平易な文章の中に「涕涙(ているい)」とか、
「傲岸(ごうがん)」とか「双眸(そうぼう)」とか、
難読熟語いっぱい出てきて、
そのひっかかりが意図的なのかどうかが、
ひっかかった。

若者に人気の著者である。
しかもこの小説は、
著者初の「ケータイ小説」だったそうだ。

いくらルビがふってあるとはいえ、
こういう文字を読んだ若い人が受ける感触はどんなものなのか。

きっとぼくの語感とは、
全く違うに違いない。

2010年2月15日月曜日

欠片

最寄り駅にわが家が借りている、
自転車置き場は2階にある。

12段の階段があって、
自転車はその横の坂を押して上る。

その階段の7段目の隅に、
苔がモッサリと生えている。

なぜか7段目だけ。

きっと雨水が適度に溜まり、
日当たりの具合なんかも、
苔にとって適しているんだろう。

とにかくその苔は、
自転車を押して上がる時に嫌でも目に入る。

この3年ほど、
恐らく1000回以上見てきた。
春夏秋冬、
雨の日も晴れの日も。

そしてすっかり愛着がわいてきた。


今日も同じように自転車を押していると、
愛しい苔が何とも無残に荒らされていた。











何とかしてやりたいと思ったけど、
電車の時間が迫っている。
といって見殺しにはしたくなかった。

ぼくは散らばった苔の欠片の一つを咄嗟に手に取り、
通勤用のバッグに押し込んだ。

そのままでは枯れてしまうと電車の中で気付き、
大阪に着いてから、
いつものドトールに寄って紙おしぼりをもらい、
そこに水を含ませて苔をくるんだ。


さっき帰宅してみると、
苔の欠片はドトールの紙おしぼりをの中で、
まだ緑色を保っていた。

懐中電灯片手に庭石の隅に指で穴を掘り、
そっと植えた。

ちょうど雨も降っていて、
いい具合にいったと思うのだが、、、


この移植が成功すれば、
何かいい事が起きる気がする。


●ドトールに寄る時間があるなら、荒らされた苔をもう少しなんとかすればよかったと、今気付いた。馬鹿だなぁと思う●「愛子の母親でよかった」。子ども冥利に尽きるだろう。上村は惜しかったけど、たぶんあれが実力なのだろう●OLIMPICが形容詞だと初めて知った。名詞として使うには、OLIMPICSと、「S」を付けるのが正しい(らしい)。

2010年2月14日日曜日

針路

トリノ五輪のころ、
ぼくの人生は、
ある種のピークを迎えていた。

公私ともに充実していた。

というよりも、
張り詰めていた。

だけど、
ジェットコースターが最高点に達し、
今まさに落下しようとする、
その矢先に自分がいるということは、
知るよしもなかった。


あれから4年がたった。

バンクーバー五輪が開幕した今日の午後、
ぼくは目を閉じて耳に集中していた。

耳に飛び込んできた人の声は、
消え入りそうに小さかったけど、
「SOS」であることは分かった。

その人の顔は疲れ果て、
なのに目は焦点を失い、
うわ言のように、
途切れ途切れに発せられる言葉は、
着地点を始めから見失っていた。


そんな悩みの渦中にある人に、
かけるべき言葉が見つからない。

その人が取り得る選択肢は思い浮かぶけど、
そのどれを選べば幸せになれるのか。

ぼくには何も確約できない。

そもそも「幸せ」ってなんなのだ。
どんなに苦悩に満ちた日々もいつか、
「幸せ」の必要条件だったと思える日がこないと、
誰に言えるのか。

「幸せの針路」は無数にある。

そのどれかを選ぶ勇気と、
結果を引き受ける覚悟があれば、
どの針路も「幸せ」に続くと、
ぼくは信じる。

●いきなり死者が出るわ、聖火の段取りで大失敗するわ、波乱含みの五輪開幕●バレンタインデーイブ。「もれなく」チョコも含め3個!アリガト(笑)

2010年2月13日土曜日

評価

「崖の上のポニョ」(宮崎駿監督)の録画をやっと観た。

「少しだけ」と思いながら、
結局気付けば終わっていた。


まず、
アニメーションの素晴らしさに感嘆する。
その点、
これが超一級の作品であることは間違いない。

そこを押さえた上で、
映画としての評価は複雑だ。


宗介の家族はなぜ名前で呼び合うのか?

リサの車の運転はなぜああも荒いのか?

子どもにインスタントラーメンはなぜか?

フジモトって何者?

最後の方の巨大な海の精みたいな女性は何?

トンネルでポニョが魚に戻りかけるのはなぜ?

「結界」や接近してきた月の意味は?


見ている端から次々に謎がわいて、
物語に集中できない。

恐らくそれぞれ意味があって、
それは最後まで観ればある程度わかるのだろうと思っていると、
いきなり終わってしまった。

そういう意味で消化不良感が否めない。


ネットで調べてみると、
「進化」とか「受精」とか、
なるほどそういう解釈があるのかと、
感心させられることが多かった。

ただ、
そう説明されないと分からないということは、
ぼくの基準では決してよい作品とは言えない。


子ども目線で見るなら一回でも十分わかる。
というより素直に感じられる。

でも大人目線で見るなら、
つまり理解しようとするなら、
何回か見直す必要がある。

子どもかものすごい頭の良い大人か。

そのどちらかでないと、
十分楽しめないのではないだろうか。

そういうのは、
「奥が深い」とは言わず、
「不親切」と正しく指摘すべきだろう。

宮崎作品でも「もののけ姫」とかは、
普通の大人が自然に引き込まれる魔法がかかっていたと思うのだけど。


絵は丁寧。

脚本は雑。

酷だけど、
そういうことになる。


あと、
ポニョは可愛いのだけど、
アラレちゃんとかぶり過ぎてない?

2010年2月12日金曜日

泡沫

仕事にせよ趣味にせよ、
思い通りにことが運ぶことは少ない。

いやほとんどゼロといってもよい。

でも何年かに1度、
思わず誰からも干渉されず、
拍子抜けするほど、
計画通りに事が運ぶことがある。

自分でも「嘘っ」と言いたくなるような。


そういう時はもちろん嬉しい。

でもきっとそれは、
数え切れぬほどの不本意や失敗があればこそなのだろう。


躓(つまづ)く石も縁の端

そんな言葉があるとは知らなかった。

日常のささいな失敗はもとより、
もう二度と立ち直れないと思うほどの挫折であっても、
それがあったから今がある。

もし今の自分を愛せるならば、
過去躓いたすべての石も、
愛することは無理だとしても、
せめて感謝することはできよう。


高校生の文化祭で、
さだまさしの「まほろば」を歌ったことがある。

川の流れはよどむことなく

うたかたの時押し流していく

昨日は昨日

明日は明日

再び戻る今日はない


そんな歌詞があって、
当時も何となく「そうだよなぁ」と思っていたが、
この中年になって改めて感じ入る。


歌詞はこう続く。


例えば此処で死ねると

叫んだ君の言葉は

必ず嘘ではない

けれど必ず本当でもない



いやぁ深い。


●泡沫は「うたかた」と読みます。ぼくも知らなかった●この「まほろば」を歌ったテープ、今もあるんだよなぁ●さあ、人間が「限界の先へ」挑む五輪が始まる。TV中継のメーンは、超夜型のぼくにはピッタリの時間帯で、怖いぐらいだ(笑)。

2010年2月11日木曜日

期待

NHKの「プロフェッショナル」では毎回最後に、
ゲストは「あなたにとってプロフェッショナルは」と問われる。

それぞれに含蓄があって感心させられるけど、
最近、
表現は違えども皆同じことを言っているように感じてきた。

つまり、
プロフェッショナルとは「期待を裏切らない人」だ。


単純だけど、
こんなに難しいことはないと思う。

相手の期待に1度応えることはできるだろう。
でも、
次は絶対にそれ以上を期待される。

つまり期待を裏切らないためには、
不断に向上し続け、
なおかつ、
それが相手の自分に対する膨らんだ期待を上回るか、
悪くてもイコールでないといけない。


そこでリチャード・ボナ。

カメルーン出身の天才ベーシストとして、
彗星のように現れた彼は、
歌手としても超一級である。

梅田のビルボードライブの隅っこの方で、
トニックウォーターをすすりながら、
双眼鏡を手に2ステージ、
ずっと彼を観察した。


ベースのことは全然わからないけど、
歌でも演奏でも、
いわゆる「超絶技巧」を披露したのは、
一瞬だったように思う。

でもその一瞬であっさりKOしてしまうのだから、
やはりプロフェッショナルなのだろう。


音楽とは関係ないけど、
なぜか知らないけど「西宮」という地名がお好きなようで、
ステージ上で何度も繰り返していて笑えた。

それから、
その日本語が異常に上手いのに驚いた。
カタコトなんだけど、
そのイントネーションや発音が実に自然。

とにかく耳がいいんだろうな。


「インビクタス」(クリント・イーストウッド監督)をレイトショーで。

南アのマンデラ元大統領と、
ラグビー南ア代表との間にあった、
いわゆる「奇蹟のような実話」だ。

モーガン・フリーマンのマンデラ役がハマりすぎ(笑)。
演出も手堅く、
2時間超を見せ切ったけど、
イーストウッド監督の中では、
平均点じゃなかろうか。

「グラン・トリノ」以上を期待したからだけど。

それにしても、
今年で80歳になるイーストウッド監督の製作ペースは驚異だ。


ちなみにインビクタス(INVICTUS)とは、
ラテン語で「不屈」の意味。

マンデラ氏が27年間にわたる投獄中、
心の支えにしていた、
ウィリアム・アーネスト・ヘンリーの詩の題名だそうだ。


私を覆う漆黒の夜
鉄格子にひそむ奈落の闇
私は あらゆる神に感謝する
我が魂が征服されぬことを

無残な状況においてさえ
私はひるみも叫びもしなかった
運命にうちのめされ
血を流しても
決して屈服はしない

激しい怒りと涙の彼方に
恐ろしい死が浮かび上がる
だが 長きにわたる
脅しをうけてなお
私は何ひとつ
恐れはしない

門がいかに狭かろうと
いかなる罰に苦しめられようと
私が我が運命の支配者
我が魂の指揮官(キャプテン)

2010年2月10日水曜日

代弁

昨日借りたCDを返しに行ったが、
店員が確認しようと開けると、
別のDVDが入っていた。

ありがちな間違い。

その映画「ストロベリーショートケイクス」(矢崎仁司監督)は、
フリーターとOLとイラストレーターと風俗嬢、
4人の女性の物語。

映画としての出来はまぁまぁだったけど、
出だしの池脇千鶴の台詞がすべてを語っている。


みじめだった。

人生最悪にみじめだった。

死んでやろうと思った。

だけど思ったんだよね。

そんな最悪な出来事を乗り越えられた私って、強いって。

生き返った私には、何だってできるような気がしたんだよ。

それから2年たっても、やっぱり私は生きている。


何で人って、
ちっぽけなことで思い悩むのだろう。

それに引きかえ、
吉田松陰先生は偉い。

昨日あれからウィキペディアで調べて驚いた。

立志尚特異 (志を立てるためには人と異なることを恐れてはならない)
俗流與議難 (世俗の意見に惑わされてもいけない) 
不思身後業 (死んだ後の業苦を思い煩うな)
且偸目前安 (目先の安楽は一時しのぎと知れ)
百年一瞬耳 (百年の時は一瞬にすぎない)
君子勿素餐 (君たちはどうかいたずらに時を過ごすことなかれ)


どうだこの潔さ。
若者だったら絶対グッとくるよな。

いたずらに時を過ごしたぼくではあるが、
やっぱり若い人にこういう言葉を贈りたい。

この言葉通りに生きた松陰先生は、
結局30歳で死罪になるんだけど、、、


●返し損ねたCDは安室奈美恵の「PAST<FUTURE」。彼女、わが道を突き進んでるな●リチャード・ボナのライブに行った。音楽の世界のボルトを見た感じ。超人という意味で●もといちの日の写真、ようやく送り方がわかった。

2010年2月9日火曜日

再録

今朝会社に着くなり、
後輩が飛んできて、
先日のぼくの仕事を褒めてくれた。

いくつになっても、
どんなに世に背を向けていても、
たとえ相手がだれであっても、
褒められるというのは嬉しいものだ。


そういえば既に閉鎖した前のブログで、
褒め上手な人について書いたことがあったっけ。


他人を褒めるのがとても上手という女性と会う機会があった。
とにかく、初対面じゃなくて友達にさえも、
会う度に髪型やらファッションやら化粧やら、
あれこれ角度を変えて褒めてくれるらしい。

僕も負けずに褒め返そうと、その日を迎えた。
デパートのレストランだったが、
席に着くなり、
僕の確かporterのバッグを「素敵ですね」と褒めてくれた。

なるほど。
噂に違わず適確な所を突いてくる。
僕は特に準備していなかったので彼女を眺め、
一番印象的で心の底からそう思った褒め言葉を素直に返した。





「歯ぐきの色がきれいですね」




他人を褒めるのは難しい。



日付を見ると、
2007年12月15日となっている。

このエピソードは今でもよく覚えている。

彼女にとっては、
他人を褒めるというのは、
ほとんど挨拶代わりみたいなものだったと思う。

今でも、
盛んに人を褒めているだろう。

●龍馬伝の録画を見ていたら、次回の予告にリリー・フランキーが出ているではないか!たまにだから「いい味」なんだと思うんだけど、、、●その龍馬伝。吉田松陰役の生瀬勝久に笑った。仁で龍馬をやった内野陽聖とだったらさぞ熱かったろうなぁ。生瀬もだけど、吉田松陰自体、なかなか笑える人だ。気に入った。

2010年2月8日月曜日

相殺

一度味わった恐怖心は容易にぬぐい去れない。

最大斜度40度の雪面を、
最高時速160キロで滑り「落ちる」滑降スキーの場合、
一度大事故を経験した選手は大抵、
復帰しても以前のようには攻められなくなるという。

バンクーバー五輪で金メダル最有力の、
ノルウェーのアクセル・スビンダルは、
大事故の恐怖心を克服した稀有な選手の一人だ。


今日のNスペ「ミラクルボディー第1回」の話。


番組の最初の方でスビンダルは、

「本当に勝ちたいなら、限界と思う心の安全装置をはずすんです」

なんて笑いながら言っていて、
単なる命知らずかと思ったのだが、
実は違った。


スビンダルに事故を起こしたコースの映像を見せながら、
彼の脳をMRI撮影したところ、
扁桃体という、
情動と記憶を司る部分が明らかに活発化していた。

脳科学者に言わせると、
スビンダルの脳には事故の恐怖が刻み込まれおり、
それは消え去ることはないのだという。


では、
彼はどうやって再び世界の第一線に戻りえたのか。

小型カメラを搭載したゴーグルをつけて、
彼に滑ってもらったところ、
彼は1分間に1度しかまばたきしなかった。

しかも、
時速160キロでは働くはずのない脳の部分(頭頂連合野)が活性化していた。

専門家は言う。

「恐怖にとらわれたくない、自分をコントロールしたいという強い思いが脳を促し、恐怖を抑え込もうとしている。心理的重みから逃げるのではなくあえて積極的に向き合うことで(脳が)強化された」


つまり、
彼は本能的な部分に植えつけられた恐怖心を、
消し去るのでも無視するのでもなく、
あえて凝視することで相殺しているのだ。


最後に彼は言う。

「極限の状況を経験することは、それが仮にあまりよくないことでも、成長するチャンスだと思います。アップダウンのある人生の方が、早く成長できる気がします。ぼくはあの大事故でたくさんのことを学びました」

こういう番組を見ると、
ぼくは励まされる。

●アクセルっていう名前がいいね。

2010年2月7日日曜日

唐突

長年、
もう10年ほど会っていない人が、
夢に出てきた。

その人とは音信不通でもあり、
どんな暮らしをしているのかも全く分からない。

これまで一度も夢に出てきたことはなかった。

夢に見る予定はなく、
別に予約もせず、
何の予兆もなかった。

たまたま目覚め際に見た夢だったから、
おぼえているだけなのかもしれないけど。


ぼくの頭の中で、
何と何がどう反応して、
そういう夢になったのだろう。

堆積する記憶の、
下の下にあったものに、
突然火がついたのだろうか。

あるいはぼくの頭の中でその人は、
ぼくと同じ時を刻みながら、
生活し、
泣き笑い、
生きていたのだろうか。


夢の中とはいえ、
幸せそうに笑っていてくれて安心した。

最後に会ったあの日、
交わした約束、
守ってくれていた。

2010年2月6日土曜日

深海

「崖の上のポニョ」TV初登場だったけどパス。

その代わり、
「ジョゼと虎と魚たち」(犬童一心監督)をDVDで。

2003年の邦画を、
どうして今頃観たのかというと、
先日ラジオのDJが好きな映画で挙げていて、
題名が印象的だったから。


足に障害のある女の子と大学生の恋物語。

それ以上は、
「観てください」としかいいようがない。

ぼくはかなり動揺したんですよ。


ラスト近く。

ラブホテルで、
妻夫木聡演じる大学生の彼に、
池脇千鶴演じる女の子が言う台詞。


なぁ 目閉じて

何が見える?

そこが昔 うちがおった場所や

深い深い海の底

うちはそこから泳いできたんや

そこには光も音もなくて

風も吹かへんし 雨も降らへんで

シーンと静かやねん


別に寂しくはない

始めから何もないねんもん

ただ ゆっくり ゆっくり 時間が過ぎて行くだけや


うちはもう二度とあの場所へは戻られへんねやろ

いつか あんたがおらんようになったら

迷子の貝殻みたいに 独りぼっちで海の底を

コロコロコロコロ 転がり続けることになるんやろ


でも まあ それも良しや



いやぁ参ったなぁ。

この映画に動揺する人は、
きっとそういう人なのだろう。


そういえば前に、
深海まで素潜りする人をTVで見た。

100メートルも潜ると、
確かに太陽の光も届かず、
音もなく、
そこをダイバーがほとんど死人のように、
体をだらりとさせたまま、
スーッと沈んでいく。

その時ダイバーは、
自分の体の感覚がほとんどなくなり、
海の中に自分が溶けてしまったような、
そんな感じになるのだと話していた。

これはほとんど、
死ぬ時の感覚なのではないかと、
その時思った。


死ぬといえば、
Nスペの「無縁社会」というのも見た。

孤独死してさらに、
誰も引き取り手のない遺骨。

そういう死人が年間3万人ほどいるそうだ。


●ポニョはいずれ録画を見よう。それにしてもこの偶然●ペンギンさんにようやくブツを手渡せてほっとした。

2010年2月5日金曜日

不屈

昔吉本新喜劇の看板役者だった岡八郎に、
空手を通信教育で学ぶというネタがあった。

「オレは空手ならっとんねんで」

「ほー一体どこで」

「通信教育で」

そこで観客はドッと笑うのだけど、
この可笑しさの根源には、
空手は通信教育なんかじゃ学べないという、
暗黙の了解がある。


バンクーバー五輪が間近になって、
代表選手の特集番組が俄然目立ってきた。

外国人コーチに学ぶ選手が多いことに気づく。

最近見ただけでも、
モーグルの上村愛子、
ショートトラックの桜井美馬、
スノボの竹内智香がそうだ。

女性ばかりなのは偶然かもしれないが、
彼女らが当惑するのはまず、
それまでの技術を捨て去ることだった。
そして、
それまでとは真逆の方法を体に覚え込ませることだ。


例えばこれまで「重心は前に」と教えられ、
それでそれなりの結果を上げてきたのに、
外人コーチに「重心は後ろ」と言われれば、
当然迷うし、
何より体が言うことをきかないだろう。

それでも強くなるためにと割り切って取り組む。

でも結果が全然ついてこない。

当然混乱する。

「このコーチの言うことは本当なのか」

「その技術は私には向いていないのではないか」

迷って迷って迷って、
泥沼に入り込む。


2年も3年もそんな状態が続いたら、
普通嫌になってしまうだろう。

それに耐えられるのは、
誰よりも強くなりたいという意志であり、
コーチと心中するという覚悟であり、
何より、
自分を乗り越えようという不屈の勇気だ。


クローズアップ現代で上村愛子を紹介していた。

コブだらけの斜面を、
時速50キロ近くで滑り落ちる恐怖心。

それを克服する勇気とは、
三浦豪太氏に言わせると、

「熱いストーブに手を当てても手を引っ込めない」

そんなものだそうだ。

人間が防衛反応として生物的に備えている、
条件反射をも抑え込むということなのだ。

そんなことを可能にするには、
一体どれだけの訓練が必要なのだろう。


朝青龍が引退するそうだ。

ドルゴルスレン・ダグワドルジ少年は、
大相撲という未知の世界で必死に努力し、
横綱に上り詰め、
25回も優勝した。

その間、
懸賞金の受け取り方が変だとか、
優勝してガッツポーズをするのが不謹慎だとか、
散々責められた。

「強い」ということだけが、
異国での彼の最後のより所だった。


たび重なる素行の悪さと、
今回の暴力事件。 

自ら招いた結果とはいえ、
土俵上の勇気は本物だった。

2010年2月4日木曜日

絵画

久々に「刑事コロンボ」を見た。

「2枚のドガの絵」というヤツで、
確か前に見たことがあるはずなのだが、
最後の最後までオチが分からず、
かといってつまらない訳じゃなく、
ラストの鮮やかさに仰天してしまった。

もう30年ぐらい経っているはずで、
映像そのものは「古い」のだけど、
傑作はそんなことを軽く超越する。

でもどうしてぼくは、
こんなすごい結末を平気で忘れるのだろう?


19世紀後半に写真が発明されて、
絵画の持つ意味は大きく変化した。

写真以前、
絵画は人が目にする光景をありのままに描く技術、
あるいは想像の世界を可視化する技術、
そういった技術が重要視されてきたが、
写真や映画の登場で、
その技術は絵画にとって、
最重要のものではなくなった。

近代絵画はそこからスタートする。

写真の登場によって、
絵画は最初ダメージを受けた。

しかし次第に、
写真があるからこそ、
絵画は「あるがまま」という鎖から解き放たれた。

セザンヌやマティスやピカソが挑んだのは、
単に見ることを超えた「視る」行為。

彼らの絵画は、
絵を描くという行為は、
知覚ではなく感覚で対象物を捉える行動だったわけだ。

しかし、
椅子を椅子と考えずに描くということは、
考えてみれば難しい。

ある意味人間であること超越する営みだろう。


「絵画の二十世紀」(前田英樹著、NHKブックス)を読んでいたら、
つい受け売りじみたことを書いてみたくなった。

なんでこの本を読んでいるのか、
その話はまたややこしくなるからパス。

でも、
またも海文堂が絡んでいる。

amazonで購入して、
カバーをはずして読んでいたのだが、
今さっきカバーを見て、
帯の推薦文が保坂和志であることに驚く。

いろんなことが連係する今日この頃。

ぼくの心と歌は、
ちっとも連係してくれないのに、、、


●もといちの日の写真をメールで送ったのに、うまくいっていない様子。理由がわからない。

2010年2月3日水曜日

角界

土俵は丸いのに「角界」とはいかに?

中国の「角力(かくりき)」がルーツなんて、
ちーっとも知らなかった。
ちなみに角力って、
力比べのことだそうだ。


朝青龍の泥酔暴行事件や貴乃花の理事選挙など、
騒動が絶えない角界。

ぼくはその原因の一つは、
「相撲はスポーツ」だという勘違いにあると思っている。

相撲はそもそもスポーツではなく、
さりとて柔道や剣道のような武道でもなく、
むしろ歌舞伎や日本舞踊のような芸事に近いというのが、
ぼくの持論である。

角界を歌舞伎における梨園のようなものだと考えれば、
最近の騒動がいかに馬鹿らしいかに気づく。


そもそも「ルール」という概念が相撲に不似合いだ。
角界にルールがあるとすれば、
それはむしろ「しきたり」と呼ばれるべきものだ。

しきたりはルールのように公明正大ではないかもしれない。
でも、
その世界ではむしろルールより厳格なものとして機能するだろう。


相撲があれこれ言われるのは、
ひとえに日本相撲協会が財団法人として、
文科省の所管にあるからだろう。

お上に管理下にあるから、
「品格」だの「八百長」だのとやり玉に挙げられるわけで、
さっさと民間の興行団体に鞍替えすればいいのである。

梨園では、
およそ一般常識からかけはなれた行為が、
しきたりとして残っているようだが、
それが問題にならず、
むしろ歌舞伎の奥深さみたいなものに資しているのは、
お上の権威と無縁だからである


もし角界が梨園のようになれば、
朝青龍は間違いなく千両役者だ。

相撲は「改革」されるべきものではなく、
「保存」されるべきものだ。

●久々に硬派な内容。それも愛するが故。

2010年2月2日火曜日

並走

男性の記憶は一本道で、
振り返れば過去に付き合った女性たちが、
一望に見える。

それに対して、
女性の記憶の道は付き合う男性が変わる度に、

カクン

と曲がる。

だから女性は振り返っても、
過去の男性は見えない、、、


同級生からそんな話を聞いて、
何やら腑に落ちた気がした。

もちろん女性だって、
記憶の地図を探れば過去の男性は存在しているかもしれないが、
振り返って見えるのは、
せいぜい直近の男性だけだということ。

それも新しい男性ができるまでで、
そのとき、

カクン

と曲がってしまえば、
前の男は視界から消える。


ぼくが感心したのは、
男性の記憶における過去の女性の存在というものについてだ。

振り返った一本道に、
何人かの人がいる。

もちろん今の人が最大に輝いて見えるのは間違いないけど、
遠ざかってしまってまだ瞬いている、
夜空の星のような人もいる。


さっき「もといちの会」、
要するに高二の同級生に会ってきたのだが、
参加12人中、
男性9人、
女性3人。

過去を懐かしむのは、
どうやら女性より男性の方が好きらしい。


ぼく自身どうであるのかと考えた時、
過去はある時まで一本道だった。

ある時を境に、

ガクン

と側道にズレてしまって、
もう前の道には戻れないといったところか。

すぐそばを歩んでいるのだけど、
本線のみんなを傍観している感じ。

自分の道が本線から離れず、
せめて並走しているのを確かめたくて、
みんなに会うのだと思う。


●参加した人たちありがとう。あっ、でも判子名刺を渡し忘れてしまった、、、●それにしてもよく飲んだーーーーーー烏龍茶●帰ってコード・ブルーの録画を見たのだが、なんでリリー・フランキーが山下智久の父親役やねんと、一人笑った。

2010年2月1日月曜日

定着

免許証の写真が、
自分のベストショットだという人に、
ぼくはお目にかかったことがない。

出来上がった免許証を見て、
そこに映っているのは紛れもなく自分だけど、
お願いだからもう一度取り直してと言いたくなる、
そんな人がほとんどではないか。

でもそんな願いは聞き入れられるわけもなく、
かといって紛失したことにして再発行するほど暇でもなく、
次の更新までの3年間持ち歩くことになる。


しかし、
免許証の写真は本当に自分のありのままを映し出しているだろうか。

自分が思い描く自分の顔は美化されすぎているとしても、
他人が見る自分の顔は果たして、
免許証の写真のようなものだろうか。

写真が映し出す情け容赦のない外見とは違って、
他人が見る自分の顔には、
その他人が自分に対して感じている「情」が加味されているはずだ。
よくも悪くも。

ブログで「たはしろ」と名乗り始めたとき、
自分でさえ気恥ずかしく、
それが自分だとは思えなかった。

買いたての洋服のようによそよそしく、
ぼくという人間に馴染んではくれてなかった。

それでも何だかんだいって、
はんこ名刺を作ったり、
「たはしろ」名義でライブをしたりしているうちに、
最初のころの違和感は薄らぎ、
今では少しだけだけど、
愛着すら感じ始めている。

「たはしろ」というひらがな四文字を見たとき、
あるいは発音したときの感触の中に、
毎日このブログに向かってきた記憶や、
セッションで歌った経験や、
そういった様々なものが喚起されるからだと思う。

それはきっとぼくだけではなく、
これまでこのブログに付き合ってくれている、
貴重な人たちにも共通の思いだと信じたい。


だから初めてこのブログを見て、
「へっ、たはしろだって」って思っているあなたも、
そのうち、
それ以外ありえないと感じるようにきっとなる。

こんなことを書いているのは、
今日2月1日は「もといちの日」だから。
みんなと会い、
「たはしろ」名刺を配るはずだろう。

美人は三日で飽きるが、
ブスは三日で慣れる。

実も蓋もない言い方ではあるが、
そういうことだ。

そもそも、
2年1組の「もといち」ってのも、
最初は変な感じたはずだ。


歌を歌うぼくは「たはしろ」。
2月1日は「もといちの日」

何年かかろうが定着させてみせる。

●「もといち」に「たはしろ」。なんか似ているな。

遺志

30日は親父の13回忌だ。 あーそんなになるのか、 と言うのが率直な感想。 親父が亡くなる直前、 僕は酒を辞めた。 復職して最初のボーナスが出た日、 入院していた病院に行って報告した。 もう親父はかなり弱っていて、 ほとんど喋れなかった。 でも...