2011年6月18日土曜日

署名

エアコンが新しくなった。

もちろん快適である。

消費電力も減った(はず)。

でも少し後ろめたい。


「脱原発」を求める大規模な動きがようやく始まった。

asahi.com(16日付)から引用する。

東京電力福島第一原発の事故を受け、ルポライターの鎌田慧さんや音楽家の坂本龍一さんらが呼びかけ人となり、国に「脱原発」への政策転換を求める1千万人の署名運動が始まった。9月19日には東京・明治公園で5万人規模の「原発にさようなら集会」も開く。

発起人がいささか御年なのが気になるけど、
主旨に異論はない。

石原伸晃は「集団ヒステリー」と言うだろうが。

しかし1000万人の署名とは大きく出たものだ。

でももし1000万人がヒステリーを起こせば、
これは大変な力だ。

国を動かせるかもしれない。

こういう動きに対して、
原発推進派はどういう対抗策を考えるだろう。

ひょっとしたら、
この夏は大きな停電が起きて、
かなり社会が混乱するかもしれないな。


そもそも、
原爆を2発落とされたこの国が、
原子力発電所を建設するに至ったのは、
「エネルギーの自給」という大命題があったからと推察する。

日本が太平洋戦争に突入したのも、
石油の輸入が断たれたことが大きな引き金だったともいわれる。

そのトラウマが戦後、
日本に油田開発や、
原発という「夢のエネルギー」に走らせたのではなかろうか。

それはそれで当時としては、
必死で苦肉の選択であったのだろう。

だがしかし、
それならば食料自給率だって100%を目指すべきなのに、
実態はお寒い限りで、
まったく整合性がとれていない。


広島の原爆記念公園の原爆死没者慰霊碑にはこう刻まれている。

「安らかに眠ってください 過ちは 繰り返しませぬから」

その思いに嘘はなかったと思う。

あえていえば、
過ちを繰り返さぬための原発だったはずだ。

だけど、
それはやはり過ちだったのだ。

この期に及んで原発を推進するということは、
震災の犠牲者のみならず、
原爆の犠牲者をも冒涜することだ。

そして、
現実的な話としても、
今の日本の技術を結集すれば、
原発に変わる本当のクリーンエネルギーを作ることは、
きっと可能だと思う。

原発の時代を超えて。

脱原発というのは、
原発からの撤退ではなく、
より高い次元への偉大なる挑戦なのだ。

「さようなら原発 1000万人アクション」

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