島田紳助の電撃引退から1日。
時間はたってしまったが、
会見の模様をYoutubeで見た。
新聞で要旨は知っていたけれど、
実際見てみないとわからないものだ。
さすがに雄弁、
というか、
自らの引退を「深イイ話」にしてしまう話術は、
さすがと言わざるをない。
恐らく会見を見た人は、
少なからず彼に同情したと思う。
何を隠そう、
ぼくもその一人だ。
長年その世界で生きてきて、
ルールだって痛いほど知っていても、
落ちてしまう穴はある。
昨日までなかったところに、
突然大穴が開いていたなんてことも、
サラリーマンをしていて、
何度も目にしてきた。
そうでなくても人生なんて穴だらけで、
落ちたことがない人は、
その人が立派というより、
単にラッキーなだけなのかもしれない。
レギュラー番組を抱えるテレビ局はバタバタだったとは思うが、
それでも、
くだらない番組に差し替えながら乗り切って、
ある番組は打ち切り、
ある番組は司会者を代えて続くのだろう。
今は同情を受けていても、
結局それが現実だ。
人の噂も七十五日。
彼のことも、
せいぜい数年もすれば忘却の彼方かも。
そう考えると、
「余人を持って代えがたい人」って、
本当に少ないなと思う。
芸能人でもスポーツ選手でも政治家でも芸術家でも、
結局その人じゃなきゃ駄目と思う人の数こそが、
その人の本当の社会的「価値」を支える。
どんな人にも当てはまるのは、
とりあえず家族かな。
彼は引退は自分の「美学」と表現していた。
同情しつつも、
この点はちょっと違う気がした。
辞めても平気な蓄えのある人に、
「引退の美学」は説かれたくない。
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