2014年2月12日水曜日

入国

南米旅行9日目(1月28日)

この日はボリビアからアメリカへの移動日。

旅の最大の目標も果たし、
正直、
ホッとしてたんだよね。

やっぱりアメリカに行けばさ。

ちょっと安心な気もするし。

それが大間違い。

この旅で最悪の一日になる。















そもそも、
ボリビアのラパスからアメリカのマイアミを経由して、
ラスベガスに行く予定だったんだけど、
ボリビアからの飛行機が、
エアコンの故障で2時間ぐらい遅れたわけ。

それでも、
まぁマイアミでの乗り継ぎには何とか間に合うと、
たかくくってた。

ところが。

マイアミでの入国審査で難癖つけられ、
なかなか通してくれない。

細かいことは書きませんが、
とにかく、
「お前、ちょっと別室へ」
ってことになったわけ。

その別室には、
ぼく以外にも、
「ちょっとこい」連中が集められていた。

見るからにワルそうな男の子や、
きわめてフツーにみえるおばさんや。

とにかく余計なことはせず、
ひたすら待っていたら、
係員の女性がやってきて、
ぼくの乗る飛行機について尋ねるから、

「早くしないとラスベガスの便に間に合わないんだけど?』

と聞いてみたら、
女性は、
「残念だけどその便は無理ね」
とこともなげに。

おーまいがーっと。

明日の朝はラスベガスからグランドキャニオン観光なんだけど!

そうこう絶望しているうちに、
同じように待たされていた黒人の太った女性が騒ぎ始めた。

要するに、
わたしゃ何にも悪い事してないのに、
なんでこんなとこで待たされなきゃなんないの、
って、
泣きながらわめき散らしているわけ。

気持ちは同感なんだけど、
そんなに騒いで大丈夫?

と思っていたら、
やっぱり別室の別室に連れて行かれちゃった。

女性は別室の別室の中でもわめき散らしていて、
このままじゃ逮捕されちゃうんじゃないかって、
心配したけど、
それより自分のことが大切。

俺こそどうなるんだ?

かれこれ2時間待たされ、
ようやく名前を呼ばれ、
いくつか質問に答えたら、
あっさり放免。

なんじゃいなそれは、
と思いながら、
アメリカン航空のカウンターで、
乗れなかった理由を説明して、
次の便に乗りたい旨を話すと、

「今日の便はもうないから」

がーん!!!!

「このクーポンでこのホテルでシャワー浴びて少し寝ろよ」

係の男性はそう言って終わり。

ホテルへは歩いて行けるの?

ノー、
そこからシャトルバスが出てるから、
それ乗って。

仕方なく空港の外に出るけど、
どこにシャトルバスが来るのやら、
さっぱり分からず。

それでも、
しばらくウロウロしていたら、
ホテルの名前が書かれたバスが来たわ。

確かに。

クーポン見せて乗り込んで、
空港から何キロか離れたホテルに連れて行かれた。














そのホテルは、
さすがにアメリカンで、
決して一流ではなかったけど、
ペルーやボリビアに比べれば格段によかった。























これがクーポン。

とにかく、
こうなったら仕方がない。
飛行機は翌朝しか飛ばないのだ。

旅行会社の事務所に一応電話して、
翌日のグランドキャニオン観光をキャンセルして。
真夜中だったけど、
夕飯のクーポンもあったので、
とりあえず食べることにした。














チキンサンド。

これがやっぱり美味しかった。

気づいたんだけど、
ペルーやボリビアって、
マヨネーズがないんじゃないの?

このサンドイッチのマヨネーズ味が、
なんともなつかしいような、
ほっとするような。

















部屋に備え付けの珈琲マシーンも、
使ってやった。

とにかく入国はぼくにとっては鬼門だわ。

安心できるはずのアメリカで、
この旅最大のアクシデントに見舞われた。

ラスベガスでは、
スロットマシンぐらいして、
もう日本に帰ろ。

心身疲れて、
ちょっとヤケになってた。

空港行きシャトルバスは5時半。

わずかな仮眠をとる。

そうそう。

笑えたのは、
ラスベガス行きの便がないと言われたころ、
別のカウンターで大声でしゃべっている女性がいたの。

その女性、
さっき別室の別室に連れて行かれた、
あの黒人女性じゃん!

なんでアンタここにおんねん!

って。

あれだけ騒いでも大丈夫なんだったら、
ぼくも少しは文句言えばよかったかも?

遺志

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