2009年4月11日土曜日

処世

「資本主義はなぜ自壊したのか」(中谷巌著、集英社インターナショナル)が売れている。
新自由主義の旗振り役だった経済学者が、
自らの長年の主張に反省を加えた書だ。

まだ少ししか読んでいないのだけど、
これだけの格差社会を日本に生み出した肩棒を担いでいながら、
いまさら「転向」して「いやあれは間違いでした」と言われても、
「誠実」というよりは「何なんだ」という感が強い。
彼らの主張のおかげで一体どれだけの人が経済的苦境に立たされ、
ある時は命まで奪っていったというのに。
どうせこの本の印税も彼の大きな収入になるのだ。

こういうのは長期的なマッチポンプである。

結局いわゆる「専門家」といっても、
確かに情熱もあり頭も良いかもしれないが、
所詮自分の専門領域でしか世界を見ることができず、
その結果大きな誤りを犯すのだ。
いわんやワイドショーの「コメンテーター」の類の意見は、
まったく信用できない。

そんな時に母が珍しく大阪の橋本知事に腹をたてている。
母曰く「自分の言い分が通らないとスネるし、すぐに泣く」のが気に入らないらしい。
一介のお年寄りのそんな直観は、
きっと世の中の「権威」や「権力」よりよほど的を得ているのかもしれない。

とはいうものの、
本書は経済にど素人のぼくには参考になる。
最初の部分で印象的なのは、
民主主義といっても結局、
最新情報にアクセスできる人間がそうでない人を搾取するという構図だ。
かつての日本社会、
あるいは「自己責任」色が強いアメリカでさえかつては政治にバランス感覚があって、
弱者を救わねば結局国全体が衰退するということをわかっていた。
「中流」が分厚い国はやはり安定しているのである。

この10年ほどの世界はそういうことを忘れ、
制御不能のマネーゲームが「金融工学」などの美名のもとに喧伝され、
経済を自由放任にさせすぎたのだ。

これからしばらく世界は保護主義的色彩を強めるだろうと見られているが、
不況を脱する一番の特効薬は「戦争」であることは忘れてはなるまい。

派遣切りやネット難民なんてのが当たり前の世の中で、
やたら最近「革命」という言葉が目につくのが気になる。

●石川遼17歳。マスターズで奮闘している。彼は本物だ●PCハードディスク領域問題が再燃していて、ついにCドライブとDドライブの領域割合を変更するという荒業に挑戦した。本屋で日経PC21を買ってきて、おっかなびっくりの作業だったが、何とか成功した。これでまたしばらくはしのげる。

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