夜9時頃、
発車待ちの電車。
閉まる寸前のドアに、
両手がねじ込まれた。
手には、
真赤な小さめの紙バックが握られている。
ぼくはドアのそばに立ち、
イヤホンで音楽を聴きながら、
雑誌を読んでいた。
だから正確には、
「何か」が起きていることを察知して、
そちらを見たら、
紙バックを握った両手が、
電車の外からねじ込まれているのが見えた。
それからドアの外を見ると、
バックと同じような色のワンピースを着た、
ぼくぐらいの女性が、
髪を振り乱して前のめりになっていた。
ぼくの頭の中は、
それまで読んでいたマカオ情勢の記事のことや、
このまま電車が発車したら、
この女性はどうするのだろうか、
一緒に走るのか、
それとも引きずられるのだろうか、
などという思いが一緒くたになった。
そして、
そんな思いより先にぼくの手は、
扉を開けるのを手伝おうと、
女性の両手で作られたわずかな隙間に伸びていた。
ぼくの力ではどうしようもないと、
そんなことは知りながら、
でもひょっとしたら開けられて、
事故を防げるかもしれないなどと思いながら。
でも実際にはぼくの手が隙間に到達する前に、
車掌がドアを開けたので、
女性は引きずられることもなく電車に乗り込んだ。
コンマ何秒かの出来事だった。
ぼくは、
自分の手の素早さに少し感心しながら、
また雑誌を読みだした。
女性のことは見なかった。
それにしても、
通勤時ならいざしらず、
夜9時の各駅停車に、
あれほど必死に乗りたいなんて、
どんな事情があったのかと、
しばらくしてから考えた。
●自分でも呆れるぐらいよく寝た●「ロシアハウス」(ウィラード・キャロル監督)をDVDで。「グラン・トリノ」と、時代やストーリーは全く違うけど、「この身でできる最善策を実行する主人公」という意味では共通していた。ショーン・コネリーが素敵だった●羽生名人が防衛に成功。カド番からの連勝で逆転。竜王戦の時の渡辺といい、タイトルホルダーの執念というのは本当にスゴイ。
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