笑福亭鶴瓶に会ったのは、
中学生の時だ。
会ったというより、
出くわしたという方が近い。
最寄の西宮北口駅を歩いていたぼくらは、
正面から近づいてきた彼に、
「すんませんけど、今何時ですか」と笑顔で尋ねられた。
彼はその時、
たぶん20歳代だったと思うけど、
当時彼のトレードマークだったカーリーヘアーと、
あのダミ声と細目は、
今でも何となく印象に残っている。
まだ売り出し中の若手落語家で、
「つるびん」と呼ばれることも多かった、
彼に会った事が自慢になるのかどうか、
当時のぼくにはよくわからない、
そんなぐらいの存在だった。
その彼が主演する「ディア・ドクター」を、
西宮北口の映画館で観ることになったのも、
何かの縁かもしれない。
でも、
この映画を観ようと思ったのは、
監督の西川美和という人を先日、
NHK「トップランナー」で知ったからというのと、
日経新聞の映画評でとても高い評価だったからだ。
鶴瓶は田舎町の診療所の医師役で、
住民から頼られる「赤ひげ」のような存在だ。
その医師がある日突然失踪する。
映画は失踪までの彼と住民の日常を描きつつ、
失踪の真相を除所に明かしていく。
そのあたりの運び方は、
とても上手いと思った。
最後になって、
実は謎そのものは、
映画の冒頭に近い部分で、
医師本人の口から語られていたということに気づく。
「暗黙の了解」みたいなもので成り立っている、
田舎町の雰囲気や、
その田舎町出身で今は都会に住む女性が、
結果的にその微妙なバランスを破ってしまうという、
これで良かったのかしらねぇみたいな部分、
つまり「後味の悪さ」も、
無理なく表現されていていた。
そういった意味では、
よく出来た映画だとは思った。
でもそれは、
「言いたいことは凄い分かる」というレベルだった。
映画の魔法はぼくにはかからなかった。
あと、
笑える部分がひとつもなかったのも残念だ。
たとえ後味の悪さを描く映画でも、
やっぱりクスッとできる部分がないと、
とりあえず肩がこる。
西川監督は「蛇イチゴ」「ゆれる」に次ぐ3作目。
脚本も手がけている。
小説は直木賞候補にもなった。
新たな才能であることは間違いない。
それにしても、
この映画における鶴瓶の存在感は圧倒的だ。
患者役の八千草薫を相手にして、
一歩も引けをとらないどころか、
謎を抱えた医師を見事に演じていた。
謎を含めたストーリー、
スクリーン上のすべてが、
彼ひとりに支配されていた。
あのカーリーヘアがねぇと、
映画の後味まで、
鶴瓶一色だった。
●中学生だったぼくは「腕時計も持ってないんかいな」と思ったものだ。
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