巨大地震から2週間、
家族がみな犠牲になり、
家も流され独りぼっち。
おじいさんの手を引いて避難していた少女が、
迫りくる津波に耐えきれず「ごめん」と言って手を離し、
振り返るとおじいさんの姿が消えていた、、、
連日のおぞましい地獄絵図の報道に、
うんざりしてきたという人が、
少なくとも関西では増えている。
奇跡的救難劇、
避難所で一致団結して頑張る被災者。
そういう一筋の光明みたいな記事が、
望まれているという。
テレビでは生活再建アドバイザーなどという人が、
登場し始めている。
惨状を伝えるというより、
新たな命の誕生とか、
復興に向けた希望を奮い立たせる被災者とか、
そんな報道が今のニーズだという。
たった2週間で、
このありさまである。
伝えられた非劇は全体の1%にも満たないはずだ。
伝えられない事は、
ぼくらにとっては無かったこと。
もちろん想像はできるけど。
もっともっと今は、
むごたらしい地獄絵図を伝えるべきだ。
記憶はいやでも風化する。
少なくとも表舞台からは消え、
徐々に明るい話題、
被災者の笑顔が増えつつある。
記録できるのは今しかないのに。。。
なのに世間の風潮は、
強烈な復元力で「日常」を回復しようとしている。
それも大事ではあるけれど。。。
今はまだ、
すべてを失った被災者の声を、
絶望に打ちのめされた人の涙を、
生き残ったことすら罪悪に感じる人の、
生の声を伝えねばならないと思う。
繰り返すが、
たった2週間である。
この先数十年にわたって続く、
未曾有の大災害を、
もっともっともっともっと伝えねばならない。
などと個人的には思っていても、
かなわぬ道理はないのは悲しい。
無力だ。
梅田に掲げられた、
朽ちた掲示板(?)を見て、
ふとそう思った。
●業務連絡。土曜日に元町に参上します。
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