会社帰りのタクシー乗り場。
定刻に着くと、
「今日は○○部長と相乗り」ですと言われた。
げっ。
別に相乗りが嫌なのではなく、
見知らぬ人と乗り合わせた時の、
何ともいえぬ車内の白けたムードが苦手なのだ。
そして○○部長とは、
ぼくは顔を知っている程度で、
会話をしたことは一度もない。
しかも既にベンチに座ってぼくを待っているし。
「お待たせしました」
一応これでも社会人である。
間に会っていてもこれぐらいは言う。
すると○○部長、
開口一番、
「まだ歌ってるの?」
「!!!!!!!!!」
「ど、どうしてそんなことを御存じなんですか」
そう返すのがやっとだった。
一体この人は、
どんなルートでぼくのことを調べたのか?
うちの会社は社員の趣味までリサーチするのか!
様々な考えが頭をよぎる。
すると○○部長、
「随分前に▽▽で歌ってたじゃない。ぼくあのころよく通ってたんだよ」
「!!!!!!!!!」
そえはもう5年以上前、
ほんの遊び程度でジャズを歌い始めたころ、
ちょくちょく行っていた店だ。
そこで会っていたのだ。
その時も会話はしなかったはず。
いや、
ひょっとしたら酔ってベラベラ喋ったかもしれない。。。
それにしても、
以後会社でも一度として声をかけられることはなかったのだ。
ま、
いずれにしてもだ。
そんな形でぼくのことを覚えていてくれたとは。
もちろん、
その後のぼくの失敗も全部ご存じのはずで、
そりゃまぁ恐縮することしきり。
でも○○部長、
それからも話題を切らさず、
最後までさわやかに話して先に降りていった。
気を遣ったのはむしろ、
○○部長の方だったかもしれない。
一人になった車内で、
ぼくは「フゥ~」と、
背もたれに体重を預けた。