昨日と変わらぬ今日があり、
明日もきっと今日とそんなに変わり映えしないだろう。
そんな風に日々暮らしながら、
いつのまにか季節は移ろい、
年齢を重ね、
人は大人になる。
そんな時代の退屈感を、
「終わらない日常」とか、
「失われた時代」とか、
様々に呼ぶ。
そりゃ明治維新とか太平洋戦争とか、
国を揺るがすような大事件はなかったかもしれないけれど、
ぼくらが生きてきた40年余りの間にだって、
かなり大きな出来事があった。
高度経済成長があって、
バブル景気になって、
それが崩壊した。
御巣鷹山のジャンボ墜落だって、
阪神大震災だって、
オウム真理教事件だって、
どれもみな超ド級の出来事だ。
世界に目を向けると、
戦争は至る所で現在進行形だし、
人類は月に立ったし、
東西冷戦は終わったし、
今世紀に入ってからは9.11があった。
そして忘れてはならないのが、
インターネットの普及だ。
おそらくこれは、
活版印刷の発明に匹敵する、
人類史に残る出来事だろう。
渦中にいるから気付かないけど、
とんでもなくエキサイティングな時代ではないか。
そしてこんな事件や技術革新は、
間違いなく今現在も進んでいて、
決して停滞することなどない。
好むと好まざるとにかかわらず、
時代は駆け足で走り続ける。
だからといって、
日々の暮らしを変える必要があるとは思わないけど、
世界はそういうものだという認識は、
常に持っておいた方がいい。
それから、
大事なことは、
同じ日々を暮らしているぼくたちも、
こうした変化と無縁では決していられない。
強制的に人間性そのものが、
日々変化させられているという自覚が必要だ。
●元町行きます。よろしく。
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