
「もといち30周年記念同窓会」の途中の車中、
吉田松陰が過激な男だったという話をしていた時だ。
高校2年生のぼくは、
30歳までは生きないと宣言していたと、
そのころ好きだった同級生に聞かされた。
「20歳代好きなことをして、30歳までに死ぬねん」
そうか、
そうだったか。
ぼくは20歳ぐらいの頃、
ほとんど暴力的無根拠に、
「人間は50歳ぐらいで終わりや」と思っていた。
だけど、
16歳のぼくは、
人間は30歳で終わりだと思っていたわけだ。
あんなおっさんにだけはなりたくない。
自分がおっさんになっている姿なんて想像したくもない。
そういう当時のぼくからしてみれば、
今のぼくなど、
「裏切り者」以外の何ものでもないだろう。
スマン。
随分予定が狂ってしまった。
ただ、
いささか言いわけをさせてもらえば、
例えば作家の保坂和志は『「三十歳まで生きるな』と思っていた(草思社)」で、
まえがきにこう書いている。
「考える」ことにとって大事なこととして、「やりそこなった」経験というものがある。「やりそこなった」という思いを忘れないかぎり、人は生きることに対してあの頃(誰にも覚えがあるはずのあの頃)と同じ真剣さを持っていることができる。あの頃を忘れたり、あの頃の外に立っていたりしたら、生きることは自分自身のものでなく、どこにでもいる人たちの模倣になってしまう。
こんな他人の書いたものを持ち出してみても、
16歳のぼくはきっと納得しないだろうけど。
母校の校舎内を見学していた時、
別の同級生が、
「こっからよく下を見たなぁ」と言った。
階段から下を覗き込んだ景色は、
ぼくにも見おぼえがあった。
16歳のぼくが見下ろした、
長方形の渦巻きの先の暗闇。
あのころ暗闇でしかなかった40歳代になったぼくは昨日、
同じ場所に立って同じ渦巻きを見て、
やっぱりその先に、
まだ暗闇があるのを感じられたのだ。
●「もといち30周年記念同窓会」2日目はボーリング大会の後、三田屋で昼食。疲れたけど、充実していた。幹事さんごくろうさまでした。みなさんまた会いましょう●しばらく今回の旅の写真を続けようと思う。
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