2009年8月2日日曜日

混濁

「夜空ノムコウ」は、
SMAPの大ヒット曲だが、
作詞者のスガシカオも、
作曲者の川村結花も歌っている。

先日、
乳がんで亡くなった川村カオリのドキュメントを見て、
迂闊なことに、
ぼくは川村結花と混濁してしまって、
かってにしみじみしていた。

間違えられた人には失礼の極みなのだが、
思いだしてしまったものは仕方がない。


あれからぼくたちは 何かを信じてこれたかなぁ…
夜空のむこうには 明日がもう待っている

誰かの声に気づき ぼくらは身をひそめた
公園のフェンス越しに 夜の風が吹いた

君が何か伝えようと にぎり返したその手は
ぼくの心のやわらかい場所を 今でもまだしめつける

あれからぼくたちは 何かを信じてこれたかなぁ…
マドをそっと開けてみる 冬の風のにおいがした
悲しみっていつかは 消えてしまうものなのかなぁ…
タメ息は少しだけ 白く残ってすぐ消えた

歩き出すことさえも いちいちためらうくせに
つまらない常識など つぶせると思ってた

君に話した言葉は どれだけ残っているの?
ぼくの心のいちばん奥で から回りしつづける

あのころの未来に ぼくらは立っているのかなぁ…
全てが思うほど うまくはいかないみたいだ
このままどこまでも 日々は続いていくのかなぁ…
雲のない星空が マドのむこうにつづいてる

あれからぼくたちは 何かを信じてこれたかなぁ…
夜空のむこうには もう明日が待っている



この歌を聞くと、
11年前、
六甲山の山道を車で走っていた時を思い出す。

カーラジオでこの曲が流れていた、
夜の湾曲した道のイメージ。
30歳代半ばだった当時のぼくは、
「つまらない常識など つぶせると思ってた」
の部分が印象的だった。


そのころのぼくに、
今のぼくは全く想像できなかった。

あのころ話した言葉は、
どれだけぼくに残っているの?

●ところで村上春樹はスガシカオ愛好家だ。「君が何か伝えようと にぎり返したその手は ぼくの心のやわらかい場所を 今でもまだしめつける」の部分は、1Q84の青豆と天吾を思わせる。そして、「あのころの未来」という部分も、著しく1Q84を連想させる一節だ。

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