
最近愛聴している「花と水」。
サックスの菊地成孔とピアノの南博の即興演奏に、
かつてなく心癒される。
菊地成孔といえば、
彼と大谷能生の講義を収めた「東京大学のアルバートアイラー」は、
ぼくにとっての瞠目の書。
だけど彼のCDはこれが初めてだ。
その菊地氏が、
NHK「わたしが子どもだったころ」に出ていた。
この番組、
前に藤原紀香の分を見たことがあったけど、
今回は全然趣が違った。
実家の食堂の配達で、
界隈のストリップ劇場やサパークラブに行き、
そこで体験した大人の甘美で猥雑な世界が、
まるで映画のように再現されていた。
それも、
生まれてから大学までといった感じではなく、
小学校低学年のころの、
ほんの一時期をじっくり描いていて、
かなり異色。
よほど彼にとって決定的な原体験なのだろう。
彼は「香水を濃縮したような」と表現していた。
そして今の自分のサックスの音は、
その濃縮された体験を、
希釈して希釈して振りまいているようなものだと。
香水は希釈してあるからこそ良い香りで、
原液は決してそうではなく、
むしろ不快だという意味で。
音楽というか、
音というのは、
確かにそういうものかもしれない。
原液がよい香りなら、
そりゃ薄めてもよい香りはするだろう。
でも、
不快な原液を薄めて、
しかも人間と反応した時に、
とてつもなく官能的に化けることもある。
彼とぼくは同学年なのだけど、
当然のことながら住んでいた場所も環境も違う。
人間に原液というべき体験があるとして、
ぼくのそれは一体どんなもので、
それを希釈したぼくの歌は、
いかなる香りを放っているのだろう。
それよりも先に、
ぼくは人間として現役だろうか。
●ちなみに彼のお兄さんは作家の菊地秀行氏●台風一過。思った通り、関西は夜の間に駆け足で通りぬけて行ってくれた。用心して休みにした人はさぞ喜んだことだろうが、おかげ様で元町に行き損ねた●短パンにTシャツじゃ寒い。風邪にご用心。
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