バウムクーヘンを日本で初めて焼いたドイツ人。
先日観たNHK「歴史秘話ヒストリア」は、
なかなか掘り出し物的に面白かった。
記憶ではこんな話。
ドイツ人のユーハイムさんは、
子どものころからの夢だった菓子職人になり、
「ひと山当てる」ために中国に渡る。
↓
上海で店を出し成功するのだが、
第一次大戦が勃発し、
戦後捕虜として日本に送られる。
↓
見合い結婚した妻とも生き別れ状態になるが、
数年たって釈放され再会を果たす。
↓
広島でのドイツ博覧会でバウムクーヘンを紹介し、
大好評(ちなみにこの博覧会が開かれたのは今の原爆ドーム)。
↓
その後、
横浜で店を構え成功するが、
関東大震災で家財を失う。
↓
在日外国人の人脈で神戸に避難し、
そこでも店を構え、
またまた大成功するが、
第二次大戦の空襲でまたも家財を失う。
このドイツ人の名前は「ユーハイム」。
そう、
ユーハイムという会社を作ったのは、
ユーハイムさんの弟子だった。
波乱万丈この上ない展開で、
事実は小説よりも、、、という実話に驚いた。
この話だけでは強引と思われるだろうが、
昔の人の方が大胆というか、
思い切った生き方をしているように思えることが多い。
もちろん、
昔だって保守的に生きた人が大半で、
今でも大胆に生きてる人はいる。
しかしぼくが思うに、
戦争が身近だった時代の人は、
命を粗末にしなかった、
とは言えないだろうか。
戦争や疫病など理不尽な理由で、
人がいとも容易く死んでしまう。
そういう現実に日々接しているからこそ、
平凡であれ突飛であれ、
とにかく生きている今の命を大事にしていたように思える。
インフルエンザに怯え、
将来の年金を不安がり、
健康方に群がり、
サプリメントを飲みまくり、
ただ無事に、
ただ無難に、
生き続けることが手段ではなく目的化してしまっては、
それは逆の意味で命を粗末にしているのではないか。
ぼくたちの身近でも、
例えば阪神大震災をきっかけとして、
あるいは身近な人の死をきっかけとして、
行き方の舵を大きく切る人がいる。
命の有難さは、
身近な死によって痛感させられる。
同級生の奥さんが亡くなった。
同級生が亡くなった。
そんな話を立て続けに聞いた。
言葉を失い、
首をうなだれる。
命を粗末にしてはいけない。
●修理に出していたイヤホンが、無償で新品に交換されて帰ってきた。嬉しいといえば嬉しいけど、愛着もあったので少し残念でもある。交換すりゃ済むってもんでもなかろう。
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