
校舎の案内板があった。
「212」と示された場所が、
最初にあてがわれた教室だった。
黒板に向かって左側、
廊下のある側面の中ほどに、
太い梁が突き出していた。
出べそのような配置から、
いつのまにか「でっぱり教室」と呼ばれた。
北側に面していて、
日当たりの悪いこのスペースは、
本来は物置か何かで、
たまたま何かの理由で教室に代用された。
だから、
ぼくらがここにいたのは、
4月のひと月間だけで、
5月からは対面の「201」に移ったのだが、
同窓会ではなぜかこの「でっぱり教室」が話題になる。
すべてがここから始まったからだ。
今回の同窓会で「もといち」の起源を明らかにすることは、
ぼくの秘かな期待だったのだが、
結局はっきりしたことは分からなかった。
というか、
この話題に対するみんなの反応は、
思いのほか鈍かった。
食いつきが悪いというやつ。
とはいうものの、
ひとつ重要な手掛かりは得られた。
それは、
「もといち」という意匠は、
すでに高校3年生の時に使われていた、
という複数の証言だ。
なるほど。
「もといち」は「元1組」の変化だと考えるのは自然だ。
たとえば、
卒業後だったら、
元2年1組から「にのいち」に変化した可能性が高い。
3年生だから「元」=「2年」だったのではないか。
さらに驚いたのは、
3年生の時にぼくらは、
「もといち」同窓会をやったというのだ。
在学中の同窓会(!)
クラス替えになった時って、
最初は前のクラスで一緒だった連中が固まっていて、
それが少しずつ溶けて、
次第に新しいクラスとして渾然一体になっていくものだ。
が、
「もといち」のメンバーの多くは、
3年生の新しいクラスになっても、
そして卒業後もずっと、
「もといち」という意匠を放さなかった。
でも、
3年生の新しいクラスの人間にすれば、
決して気持ちのいいものではなかっただろうと、
今にすれば思う。
かき混ぜても混ざり切らない、
噛んでも噛んでも噛み切れない、
塗っても塗っても塗りつぶせない、、、
忌々しい意匠だったかもしれない。
今回の同窓会の最中、
「アサヒのスーパードライは世界で一番美味い」と言ったヤツがいた。
無条件で肯定できる、
そういうものが沢山ある方が、
多分、
沢山幸せな人生なのだと思う。
●もう1週間が過ぎた。早いもんだ。とりあえず同窓会シリーズはこれで終わり●伝言をふたつ受け取った。ひとつは予想外。もうひとつは予想内。