昨日の話の続きだけど、
日本人は事後検証が苦手だ。
それはなぜか。
ざっくり言えば、
検証すると、
だれかの責任になってしまうからだ。
この、
「だれかの責任にする」ということを、
日本人はことのほか嫌う。
だから、
意思決定においても、
その決定がだれの責任においてか、
という点が曖昧にされることが多い。
昨日、
陸海空軍や外務省の情報が、
総理大臣や天皇に上げられることはなかった、
というようなことを書いたけど、
逆にみれば、
本来責任をとるべき人間が、
意図的にすべての情報を知りたがらなかった、
という節もある。
知ってしまえば、
結果責任を問われるからだ。
KYという言葉は、
日本人の意思決定の曖昧さを典型的に表している。
いろんな人がいろんな立場で好き勝手言って、
最終的になんとなく「この方向で」という感じで、
物事が決まって行くもんだから、
あとで検証しようにも、
筋道がややこしすぎて、
検証できない。
3.11以後の様々な決定にしても、
もうすでに曖昧になっていることが、
山のようにあるはずだ。
また別の見方をすれば、
国会がまともに機能してなくても、
この国が何となく運営されているのも、
下部組織が勝手に判断し動いているからだ。
脳死状態の人間みたいなもので、
とりあえずバイタルは維持できている。
なーんにも考えていなくても、
また一年生きてしまった、
ぼくのようなものか(泣)
●マイマックの充電器が復帰した。
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