2011年12月31日土曜日

復活

日本に住んでいるアメリカ人に今日、
「明けましておめでとうって、もう使えるの?」と、
英語まじり日本語まじりでたずねられた。

アメリカでは、
年末も年始も「ハッピーニューイヤー」なんだって。

年末は「良いお年を」だよと、
答えておきました。

31日まではやっぱり「良いお年を」で、
日付が変わった途端、
「あけおめ」に使い分ける日本人は、
というか日本語は珍しいんだろうか?

それはともかく、
大阪駅をぶらぶらしていたら、
何と本屋発見!

んな驚くほどのことはないと思われるだろうけど、
ぼくにとってはとっても嬉しいことなのだ。

数年前まで御堂筋口改札を出て正面、
今「イカリスーパー」があるあたりに、
「book studio」っていう本屋があって、
そこの茶色いブックカバーや品揃えが、
とっても好きだった。

ちょうど、
いろいろ精神的に参っている時で、
ぼくにとって貴重な憩いの場所だった。

それがなくなってしまい、
がっかりすること数年。

ついに戻ってきたのだ。

前の場所とはちょっとだけ違うけど、
まぁ許容範囲。
一目散に飛び込んで、
文庫と雑誌を衝動買いしてしまった。

年末に大きな贈り物をもらった気分。

来年は利用しまくるぞ〜(笑)

でも、
ドトールも寄らねばならないし、
ということは出勤時間を早めるしかないな、
なんて本末転倒のような気もするが、、、

何はともあれ今年も風邪のひとつもひかず、
一年365日書き続けられました。

読んでくれた皆様、
本当にありがとうございます。

どうか皆様にとって、
来年が嬉しい発見に満ち満ちた年でありますように。。。

2011年12月30日金曜日

卑怯

沖縄の米軍基地移設に関する環境影響評価書を、
午前4時に沖縄県庁に運び込む。

世間が仕事納めをし、
帰省や年末年始の支度に慌ただしいさなか、
消費税を2年後に8%に上げると決める。

どじょう首相のやり方は、
どう考えても卑怯極まりない。

基地移設については、
ぼくは特段反対ではないし、
消費税だって、
上げなければこの国が破産することも、
一応理解しているつもりである。

しかし、
こんな手段は断じて許せない。

人目につきにくい時間や時期を狙い、
極めて重要な事を抜き打ちのように、
しかもこそこそっと進めてしまう。

ここ数日のどじょうの手口を見ただけで、
この男の政治手法というか、
人間性が丸わかりだ。

泥にもぐってぬるぬると、
全く「どじょう」とはよく名乗ったものだ。

どじょうの政治信条は、
誠心誠意だというが、
その誠心誠意はだれに向けてのものか。

それはアメリカであり財務省であって、
決して国民に対してではない。

困ったことに、
アメリカと財務省の操り人形と化している限り、
政権は安定するという点である。

しかしながら次の選挙は来年にもあるから、
その時、
マニュフェストを次々反故のしていった民主党は、
惨敗必至ではある。

ご用済みの民主はいいけれど、
じゃあやっぱ自民なのかと問われれば、
んな短期間に自民の体質が変わろうはずもなく、
よってぼくらは、
選択肢を失ってしまう。

そこで台風の目になるのが維新の会だろうけど、
これがまた危なっかしい。

大阪を都にするぐらいならいいんだけど、
あの強権的な政治手法が国政に持ち込まれた時、
かなり怖いことになりそうな予感がする。

気に入らない物事はぶった切る的な、
橋下のやり方は、
基本的に民主主義になじまない。

困ったことに、
民主主義や資本主義に疑問符が付く、
今の時代だけに、
橋下ファッショ政治はスッと受け入れられる危険がある。

何度でも書くけど、
民主主義の要諦は多数決ではなく、
少数意見を尊重することであり、
なぜなら、
多数といえども間違えることがあるからである。

自分は間違えているかもしれないと、
常に考えて行動するのが民主主義なのだから、
そりゃ物事てきぱき進めるには具合が悪い。

だからといって、
強権的な首長が、
次々に願望を実現させていくというのもまた、
非常に具合が悪いのである。

比較論になるけれど、
どじょうに比べれば菅や鳩の方が、
ぼくは好きである。

2011年12月29日木曜日

背徳

「古代魚」シーラカンスから、
魚と陸上生物双方の遺伝子が見つかった。

そんな記事が今朝の読売新聞に載っていた。

魚が陸に上がって進化する過渡期を知る、
貴重な成果なんだという。

両方の遺伝子を持っているのだから、
遺伝子の総量は魚の3倍、
ほぼ人間並みだったとか。

そんなに沢山の遺伝子を持ったまま、
シーラカンスは何億年も海で生きてきた、、、

不思議な話だ。

遺伝子量が多いから高等というわけではないわけだ。

というわけでもないのだが、
「ジェントルマン」(山田詠美著、講談社)を一気読み。

だれもが認める紳士に裏の顔、、、

そんな宣伝文句に乗せられて、
つい買ったのだけど、
中身は簡単に言えばゲイの恋愛話。

それにしても、
先日の川上美映子もそうだけど、
女性作家の本は、
まず文章が読みやすい。

そういえば、
ひらがな交じり文を扱うのは、
女性の方が先輩だもんね。

それとは別に特筆すべきは、
「ジェントルマン」の文章は、
一人称と三人称、
20年近い過去と現在、
話し言葉と地の文などが、
巧みに織り重ねられていること。

普通こんな書き方をしたら、
読者の頭は混乱しそうなものだと思うけど、
実に自然に読めてしまう。

その文章技術は超絶的。

難しい事をいとも簡単に行う、
これぞプロの筆と言えると思う。

そこは脱帽するけど、
内容は、
う~ん、
「背徳の甘き香り」ってとこなんでしょう、
たぶん。

ということで、
「両性」つながりな二題でした~。

2011年12月28日水曜日

心地

マイマックが充電切れで、
久々マイウィンで執筆。

同じノートPCであるけれど、
キーボードのタッチが随分異なる。

今このキーボードの方が、
マックよりずっとストロークが深い。

マックは浅いし、
マイパッドに至ってはストロークゼロ。

筆記具に例えると、
ボールペンとサインペンや万年筆の違い、
といったところだろうか?

筆記具がそうであるように、
たぶん、
キーボードの違いは、
それによって書かれる内容にも影響を及ぼしていると思う。

ストロークが深い方が内容も深い、
というわけでは残念ながらないけれど、
このブログは最初からかなり最近まで、
ほとんどこのキーボードで書いてきたので、
やっぱりこの感じは捨てがたい。

パソコンの動作もマックに比べノロいけど、
そのノロさもまた内容に影響を与えているかもしれない。

とにかく、
マックもいいけれど、
このキーボードでこうして書いている「感じ」が、
ぼくにとっては一番心地よいと再認識。

道具って何でもそうだけど、
使いなれたものが、
性能にかかわらず一番ってことはあるよな。

このパソコンもいずれは買い替えることになるわけだが、
今度はデスクトップにして、
キーボードは別に「書き心地」のいいやつにしたい。

話を発展させると、
同じように、
その場でないとできない思考ってのもある。

自分の体型に合わせて凹んだベッドにもぐり込むように、
そこに行けばピタッとはまって、
自然と考えが穏やかに流れる、
そんな居場所があなたにあるなら、
違う場所にいてもそこにいると想像することで、
少しは落ち着くことができるかもしれない。

ぼくにはそういう場所がある。

何年もかけて、
多くの人の力も借りて、
そこはぼくにとってかけがえのない場所になったし、
来年も再来年も、
ずっとそうであり続けるだろう。

2011年12月27日火曜日

潤沢

泉谷しげるのコマーシャルに誘われ、
イーさんの「ミッション:インポッシブル」(ブラッド・バード監督)を鑑賞。

これ、
副題が「ゴースト・プロトコル」って、
全体で、
「ミッション:インポッシブル ゴースト・プロトコル」。

長い。

アクションたっぷり、
スピード感ある演出、
世界をまたにかけたロケ。

金と手間を潤沢にかけた娯楽作品として、
単純に面白かった。

興味深かったのは、
テーマが米ロの核という点。

ここ最近のスパイものって、
冷戦終了を受けて、
敵役に中東のテロリストがなってきたが、
イラク戦争終結とともに、
再び冷戦時代に戻ったみたい。

主演のトム・クルーズ、
50歳!

見えない。

見えないのは、
役者にとっていいこなのか、
どうなのか?

ベテランスパイ役なんだけど、
競演の若手の上司っていうより、
同僚、
よくて先輩ぐらいにしか見えない。

ドバイの世界一のビルの壁面を駆ける、
おなじみのシーン、
スタントやCGじゃなく、
本人が実際にやっているそうだ。

それは命がけのプロ根性だけど、
いまどきああいうシーンを見たら、
「どうせCGでしょ」って思ってしまうから、
見ているこちらは、
作り手の労苦に比べてそれほど興奮しない。

これは困ったことで、
たぶん、
事前に実写だって知っていても、
もうああいう映像には、
身体が素直に驚けなくなっている。

いやはや。。。

2011年12月26日月曜日

創作

母とチキンをほおばりながら、
浅田真央の滑りを見ていた。

おっちょこちょいな村上が自滅して、
逆転優勝。

本当に気丈な子だと思う。

母親を亡くしたばかりの21歳の女の子の気持ち、
わかろうはずもないけど、
練習不足でもあれだけ滑れるのが、
練習の賜物ってやつかな。

正直、
母親が危篤でファイナルをドタキャンした時は、
甘いなって思ったけど、
その気持ち撤回する。

で、
全く関係ないのだけど、
今までかかって年に一度の創作、
そう年賀状作り。

写真はかなり前に決めてたんだけど、
いざ加工の段階になって、
やっぱり試行錯誤。

文言やレイアウトや、
写真の色加減や、
あっという間に数時間。

今ようやくプリンターがじーこじーこ、
印刷しとります。

たいした枚数じゃないんだけどね(笑)

というわけでこの時期、
過去の賀状を見返すことになる。

全然よい出来ではないけれど、
その時々の自分の心情が思い返されて、
これはなかなかよいもんです。

送る方、
直接手渡す方、
間接的に受け取る方、
ご笑納くださいませ。

●そうそう、宛名書き、これがまた、、、元旦には届かないでしょうな●もし、欲しいって人がいれば、言ってください。毎年、刷りすぎちゃうもんで、、、

2011年12月25日日曜日

探偵

仕事から深夜帰宅すると、
「明石家サンタ」がまだやっていた。

去年も一昨年も、
ぼくは一人でこの番組を見てる。

一人きりのクリスマスを、
「シングルベル」と言うのだと、
先日ラジオで知った。

座布団一枚。

それはともかく。

今年一番売れた本というので、
遅まきながら「謎解きはディナーのあとで」(東川篤哉著、小学館)。

大富豪の礼譲が刑事という設定で、
彼女の執事が難事件をいとも簡単に解決するという、
短編推理小説集(?)。

数年にわたって各種媒体に書かれたものに、
書き下ろしを付け加えたものだけど、
最初のころの作品が面白い。

礼譲刑事が殺人事件を捜査するけど、
さっぱり犯人がわからない。

帰宅してディナーのあと、
事件の顛末を執事に愚痴ると、
執事が、
彼女のその話だけであっさり犯人を言い当てる、
という基本パターンがいい。

座布団一枚って感じ。

それに比べ、
書き下ろしの方は、
装飾過剰というか、
当初のシンプルさがなくなって、
ついには執事が現場に出向く、
というか巻き込まれる。

現場にいない人が推理だけで解決する、
そこが肝なのに、
これでは台無しである。

ちなみに、
このパターンの推理小説って、
調べてみたら、
「安楽椅子探偵」っていうんジャンルなんだって。

へぇ〜。

座布団一枚。

2011年12月24日土曜日

美化

NHKスペシャル「世界を変えた男 スティーブ・ジョブズ」、
かなり期待して録画を見たけどがっかり。

伝記を読んだ人としては、
何一つとして新しい情報はなかった。

それどころか、
必要以上に彼を持ち上げているような節があって、
違和感すら抱いた。

別に嘘が混じっているわけじゃないのだけど、
「世界を変えた」という部分にこだわって、
それに都合のよいエピソードだけを、
つぎはぎしたような作りだ。

こうして偉人は美化される。

そういう見本という意味では価値があるかもしれない。

しかしそんなことが言えるのも、
すでに本人「公認」の伝記があるからで、
あれを読まないでこの番組だけ見ていたら、
かなり偏った印象を持ってしまうかもしれない。

ただ、
伝記にはなく番組にあった部分、
つまり彼が写っている動画はなかなか興味深かった。

Appleを追われるように辞めた彼が、
NeXTというパソコンを作ろうと、
新しい会社の社員に訓示しているシーンだ。

ホワイトボードの前で、
「来年までに完成できないなら何年かかっても無理」
とか檄を飛ばしているんだけど、
社員の方はカーペットの上に座り込んだり、
椅子にだらしなく腰掛けたり、
ちょうど、
アメリカの学校の授業風景みたい。

いくら自由な気風とはいえ、
曲がりなりにも社長が訓示しているのに、
社員があの態度って、
日本ではおよそ考えられない。

それにしても、
既成概念にとらわれず、
全く新しい利便性や快楽を世界に提供し続けた彼が、
会社では暴君のごとく振る舞い、
敵を作りまくっていたっていうのは、
何とも皮肉なもんだ。

あそこまでやらないと、
世界は変えられないんだと、
それはよく分かりました。

2011年12月23日金曜日

家事

「家政婦のミタ」最終回の視聴率が40%超えとは、
かなり予想外。

あのドラマのどこが、
そこまで2011年の日本人のハートを捉えたのか。

それはともかく、
先日、
いつもの昼食の時間に食卓へ向かうと、
母がまだ準備中。

ご飯を炊くのを忘れていたという。

弘法も筆の誤り、
猿も木から落ちる、
母も炊飯忘れる。

母にとってはそれほどに珍しい「ミス」で、
「年のせいかなぁ」などと、
弱気な事まで言い出す始末。

いやいや、
年のせいなんて、
そんなケアレスミス、
誰にでもある事でっせ。

ぼくなんか、
深夜に帰宅して風呂を入れて、
服を脱いでさぁ入ろうと思ったら、
スイッチ入れ忘れていて、
空の浴槽を前に呆然となったことが何回もあるで。

慰めのつもりだったが、
でもまぁ考えてみれば、
家事は母にとっては「仕事」。

ぼくだって、
仕事で基本的ミスをしたら、
ちょっと落ち込むかも。

主婦歴半世紀。

母には母なりのプロ根性があるのだろう。

●元町散策は27日の予定です。

2011年12月22日木曜日

笑顔

「家政婦のミタ」最終回。

かなりの力技でねじ伏せるように終わった。

元々が力技だったんだけどね。

ミタの強烈な謎キャラ一発っていうか。

だから、
ミタが過去を話したところが最高潮で、
あとは尻すぼみだったかも。

「何なのこの人」って思っている間が良くて、
そういう過去があったと分かった途端、
タネ明かしされた手品みたいに、
すべての細工が陳腐に見えてきてた。

とはいえ最終回、
ミタ=三田=サンタ、
ってのには感心したけど。

「家政婦のミタ」は、
「家政婦が見た」のパロディぐらいに思っていたのが、
意外なダブルミーニングで、
こういうのは大好き。

駄洒落じゃなくて、
「うまい」って思うのは、
こういうダブルミーニングに出会った時なんだな。

続編も映画化もないそうだ。

無理もないと思うけど、
これだけのヒット作、
そう簡単に手放せますかねぇ、、、

とにかく、
ミタの笑顔は良かった。

2011年12月21日水曜日

脱字

「すべて真夜中の恋人たち」で、
ネットで指摘されていた脱字の部分は、
ぼくが読んでいる時には全く気づかなかった。

興味がある人は、
ゲームだと思って、
本屋さんで81ページだけでも読んでみて欲しい。

ぼくは、
そこにある(ない)と指摘されていても、
気づくまでしばらく時間がかかった。

ある意味「盲点」といえるだろう。
たぶん、
読みながら頭の中で文章を先取りして、
ない文字まであるように読んでしまうのだ。

いやぁしかしこれって、
小説の主人公の校閲者が言っていることを、
皮肉にも実証していることになる。

たぶん校閲者が主人公ゆえ、
より慎重に校閲したであろうに。

もしこれがワザと(戦略)でないとしたら、
担当の校閲者は、
悔しくてたまらないだろうか?

ほかの本なら気づかれても、
さほど話題にならなかっただろうに。

案外平気かもしれないな。

そんなもんよ。

そんなもんなんだよね。

血眼になっても、
見つからないものは見つからない。

そうそう。

そういえば先日、
後輩にこんなことを言って、
自分自身で「その通り」と納得した。

仕事してると行き詰まることがあるやろ。
そんな時、
これはどうにもならんって思うやん。

でも、
そのうちの99.9999%はどうにかなるねんで。
必ず解決法はあるって信じて考えて考えて考え抜いたら、
本当にどうにかなるもんや。

パズルと一緒。

必ず正解はある。
それを、
このパズル欠陥品や、
どうにもならんと思って考えてたら、
いつまでたっても絶対にどうにもならん。

そんなもんやで。

ってこれは、
脱字ならぬ、
完全な脱線でした。



2011年12月20日火曜日

校閲

最近は女性作家が元気で、
それはとてもいいことで、
女性の心理描写なんかは感心させられる。

「すべて真夜中の恋人たち」(川上未映子著、講談社)読了。

芥川賞作家であり、
とても有名な著者だけど、
ぼくは初めて。

タイトル買いではあったけど、
著者2年ぶりの長編小説ということで、
かなり期待して読んだけど、
残念な結果だった。

すごく癖のある文章を書く人という、
先入観とは裏腹に、
文章はスムースで美しく、
非常に読みやすかった。

30歳代のフリー校閲者という、
一風変わった職業の女性が主人公で、
彼女の恋愛を描いている。

別にあら探しをするつもりはないけれど、
「三束」という男性の名を、
主人公が「さんたばさん?」と読む下り、
プロの校閲がいくらなんでもそりゃないよな、
と思った。

せめて「みつか」ならわかるのだけど。

それはともかく、
この本によると、
大抵の本には必ず数カ所は誤植があるのだとか。

そういえば昔、
毎日新聞を数時間かけて、
隅から隅まで読んでいた時期がぼくにはあって、
その時の経験では、
新聞にだって、
ぼくでさえ気づく間違いが毎日数カ所はあった。

もちろん新聞社は間違いのないよう、
何人ものクロスチェックをかけるのだが、
それでも必ず間違いがある。

そういえば、
天下の広辞苑でさえ、
決定的な間違いが長年見過ごされていたと、
以前ニュースになったっけ。

ことほどさように、
人間は間違える。

間違いがなければ奇跡といっていいぐらいで、
ほとんどの間違いは見過ごされているだけだ。

断言していい。

そういう意味で、
「さんたば」っていうのは間違いではないけれど、
ぼくには軽視できない欠点に思えた。

●ほかにも、決定的な脱字があることを知った。わざとか?●正日急死。アナウンサーのあのおばさん、それで最近出てこなかったのかと合点。

2011年12月19日月曜日

突出

サッカークラブW杯の決勝を観戦して、
メッシってF1カーみたいって思った。

F1って、
スポーツカーの中でも最高クラスだけど、
ぼくが運転したって、
きっとまともに走ってくれないだろう。

あのモンスターマシンを速く走らせるには、
優秀なスタッフやドライバーが不可欠だ。

それと同じように、
メッシというプレイヤーにちゃんとプレーさせようとするなら、
彼以外の10人の選手はもとより、
監督やスタッフなど、
すべてが最高級でないといけないのだ。

すごいサッカープレーヤーって、
たった一人で状況を打開して、
得点してしまうようなイメージを持つけど、
そういう人も確かにすごいけれど、
メッシはそのタイプじゃない。

アルゼンチン代表のメッシが、
精彩を欠くことが多いのも、
きっとそういうこと。

メッシが駄目なんじゃなく、
メッシのポテンシャルを引き出せない周囲が駄目なのだ。

その代わり、
今日のバルサのように、
最上級のお膳立てをすれば、
メッシの能力は他の追随を許さない。

今日の2得点なんて、
簡単そうに決めたけど、
まったく別次元のすごさだった。

ペレやマラドーナや、
歴史上、
凄い選手はキラ星のごとくいるけれど、
メッシの恐ろしさは独特だと思う。

サントスだっていわゆる凄いチームだ。
ネイマールだって超のつく天才プレーヤーだ。

でも、
そのサントスでさえ、
ネイマールでさえ、
バルサの前では何もできなかった。

メッシを頂点として、
11人全員がひとつの生き物のように、
現在から少し先の戦況を、
同じイメージとして持ち、
正確無比に実行する。

これほど突出して強いチームは、
なかったに違いないし、
たぶんこれからも当分現れないように感じた。

2011年12月18日日曜日

復讐

TSUTAYAで久々にレンタルした、
「復讐捜査線」(マーティン・キャンベル監督)が、
意外な当たりだった。

警察官が殺された娘の敵討ちする話なんだけど、
そこに国家機密の話やら、
放射能の恐怖やら、
自然保護団体の胡散臭さやらが絡んでいて、
地味に考えさせられる。

メル・ギブソンが久々の主演で、
低予算と思われるこの映画で、
とびっきりの存在感を放っていた。

登場人物の台詞の中に、
「真実なんて本当はないんだ。真実らしくみえる嘘があるだけだ」
「物事は複雑にすればするほど、追及が難しくなる」とか、
なかなか奥が深い。

そしてこんなことを思った。

ガラスに「し」と書かれているとしよう。

こちら側から見れば確かに「し」だけど、
反対側からは「J」にも見える。

この場合の真実は、
「し」でもあり「J」でもある。

見る人の立場によって、
同じ物事でも正反対の「真実」が存在しうる。

この映画では、
世間に知られてはマズいことを、
闇から闇へと葬り去る人たちが次々出てくる。

特に、
ロシア人(?)と思われるなぞの男の存在は出色で、
この映画を単なるサスペンスではない作品に押し上げている。

それにしても、
「復讐捜査線」って邦題はいただけないな。

ちなみに原題は、
「EDGE OF DARKNESS」(闇の縁)。

●本年最後のチョコパは美味しかった。さぶかったけど、、、

2011年12月17日土曜日

複写

盟友パティさんのライブにお誘いいただき、
一曲歌わせていただくことになった。

どうせなら季節ものをと、
クリスマスソングを歌おうと思ったのだけど、
楽譜はあるが歌詞がない。

そうだ、
マイパッドがあるではないか。

早速検索して首尾よく見つけたぼくは、
店の近所のコンビニに向かった。

画面をコピーしようと思ったのだ。

十円を入れて、
マイパッドの画面を押しつけ、
しばし待つ。

ジーっと出てきた紙は、
なんと一面真っ黒!

その瞬間、
ぼくはようやく気づいた。

マイパッドの画面は光っているのだ。

コピーできるわけないじゃん。

こんな当たり前のことに気づかなかったとは、
我ながら情けない。

結局、
マイパッドを持ちながら歌ったけど、、、

そういう抜けているところが、
ぼくには多々ある。

隙だらけ人間だ。

だから突っ込みには滅法弱い。

先日も、
出勤途中の歩道で、
後ろから後輩に名前を呼ばれた時、
「うわっ」て、
相手がビックリするほど驚いた。

曜日や日にちの間違いは日常茶飯事、
ほっておけばいつまでも寝てるし、
起きてもほっとけばろくなものを食べない。
部屋は散らかり放題。

もしぼくのことを、
クールだとか、
思っている人がいたら、
完全な勘違いです。

●ちなみにパティさんは高校の後輩です●土曜日はチョコパを食べる予感があります。

2011年12月16日金曜日

熱血

会社の後輩に今日、
ぼくは「熱血」なのだと教えられた。

何でも、
出来のよくない若手に、
あれこれ教えているところを、
別の若手が見ていたようで、
そんな風に広まっているらしい。

その若手だけズルい、
などとも言われているとか。

学校のえこひいきじゃないっちゅうの。

ぼくは自分を熱血漢などと思ったことなどないし、
それには心底驚いた。

と同時に嬉しかった。

組織内でのぼくの立場や、
ゴチャゴチャしたこと抜きで、
純粋に仕事への姿勢を見ていてくれる人が、
この会社にもいたことが。

ぼくは何も特別なことは教えていない。
ただ自分が何度となく痛い目にあってきた経験から、
役に立つと思うことを伝えているだけだ。

秘伝でも何でもない。

でも、
後輩によると、
教えた内容よりも、
教え方が受けているようなのだ。

説教臭いオヤジと思われてはいないようだ。
それは救い。

などと思っていると、
最後に後輩はこう言った。

「でも一番弟子は私ですから」

オヤジキラーな奴である。

2011年12月15日木曜日

封印

帰りのタクシーで相乗りになった後輩の女性。

「家政婦のミタ」を初回から見ているというので、
かねてからの疑問をぶつけてみた。

不倫が原因で妻に自殺された男を、
どうして周囲は許せるのか?

前に同期の女性にも同じ質問をしたのだが、
答えは同じだった。

曰く、
よくわからないけど、
自殺した女性の妹が男を好きになるのは理解できない。

ぼくとしては、
子どもや妹は百歩譲っても、
女性の父親(平泉成が演じている」は、
不思議でしょうがない。

普通なら、
というかぼくなら、
ぶっ殺してやりたいと、
一生思い続けると思うのだが、、、

それはさておき。

封印していた人間の感情を、
少しずつ取り戻す、
というか表面に出つつあるミタ。

人間的になればなるほど、
二度と戻ってこない幸せだったころの思い出が、
フラッシュバックしてうずくまる姿が痛々しい。

私のことはほおっておいてください。

ミタの叫びは本音だと思う。

死んだ夫と息子や、
家族への罪悪感というより、
あんな辛い思いをするぐらいなら、
幸せなど二度といらないって感じじゃないだろうか?

それと、
自分にはもうないと思っていた、
人を愛する感情が、
実は残っていたことを知って怖いのだろう。

確かにミタは可哀想なんだけど、
少なくとも一時期は幸せだったわけだ。

一度もそんな幸せを味わたことのない人も、
世の中には沢山いる。

だから、
ミタを必死に笑わせようとするのは、
酷なようにも思えるのだ。

かさぶたははがさず、
そっとしておいてやれよって。

それでも最後にミタが、
笑顔を見せることはあるんだろうか?

ぼくはですねぇ、
「ない」方に賭けてもいい。

100円ぐらい(笑)

2011年12月14日水曜日

検証

昨日の話の続きだけど、
日本人は事後検証が苦手だ。

それはなぜか。

ざっくり言えば、
検証すると、
だれかの責任になってしまうからだ。

この、
「だれかの責任にする」ということを、
日本人はことのほか嫌う。

だから、
意思決定においても、
その決定がだれの責任においてか、
という点が曖昧にされることが多い。

昨日、
陸海空軍や外務省の情報が、
総理大臣や天皇に上げられることはなかった、
というようなことを書いたけど、
逆にみれば、
本来責任をとるべき人間が、
意図的にすべての情報を知りたがらなかった、
という節もある。

知ってしまえば、
結果責任を問われるからだ。

KYという言葉は、
日本人の意思決定の曖昧さを典型的に表している。

いろんな人がいろんな立場で好き勝手言って、
最終的になんとなく「この方向で」という感じで、
物事が決まって行くもんだから、
あとで検証しようにも、
筋道がややこしすぎて、
検証できない。

3.11以後の様々な決定にしても、
もうすでに曖昧になっていることが、
山のようにあるはずだ。

また別の見方をすれば、
国会がまともに機能してなくても、
この国が何となく運営されているのも、
下部組織が勝手に判断し動いているからだ。

脳死状態の人間みたいなもので、
とりあえずバイタルは維持できている。

なーんにも考えていなくても、
また一年生きてしまった、
ぼくのようなものか(泣)

●マイマックの充電器が復帰した。

2011年12月13日火曜日

史実

BSプレミアで先日見た「歴史館」は、
真珠湾攻撃に至る過程を、
最新の資料で振り返ったもので、
とても見ごたえがあった。

奇襲とされる真珠湾攻撃だが、
実は宣戦布告していたとか、
ルーズベルトからの親書が、
天皇の元に届くのがなぜか遅れたとか、
これまで断片的に伝えられてきた事実が、
かなりまとまった流れとしてつかめた。

ぼくが総合的に受けた印象では、
戦争なんて結局、
どちらが正しいかではなく、
どちらの主張に分があるか、
という点が重要だということだ。

アメリカは日本と戦争したがっていた。

ただそのための大義名分が欲しかった。

真珠湾はその格好の材料だった。

9.11からイラク戦争へ続く流れと、
まったくよく似た構図である。

日米とも、
互いの暗合を解読していて、
双方の手の内は分かっていたが、
すべての情報が大統領に集約されるアメリカに対して、
日本は陸海空軍と外務省、
それぞれが情報を抱え込んでしまった。

これもまた、
3.11とまったくよく似た構図である。

歴史に学ぶというけれど、
70年たっても、
あんまり変わっていない。

特に日本。

成功例を踏襲するアメリカはまだマシで、
失敗に対して無反省で、
同じ失敗をまたも繰り返す日本は、
愚の骨頂。

学校では現代史から教えるべきって、
何かで読んだけど、
本当にそうだなぁって思う。

旧石器時代の話もいいけど、
江戸時代ぐらいまでは、
1学期で終わらせちゃって、
あとは明治から平成までを、
がっちり学んでほしいな。

2011年12月12日月曜日

姿勢

「リアル・スティール」を観るため、
阪急ガーデンズに行くと、
人があふれていた。

いつものように、
自転車でギリギリに滑り込み、
ポップコーンセットを買って席につく。

映画はねぇ、
ロボットボクシングってのが流行っている、
近未来のヒューマンストーリー。

捨てられていた旧型が、
最新最強の王者に勝つという、
ロボ版ロッキーって感じ。

しっかし、
もうCGがあればなんでもありですね。
だから、
これまで、
実写だからスゴイとか、
CGならたいしたことないとか、
そういう分け方、
判断基準そのものが、
もはや成り立たないように思う。

名作っていうのには、
時代を超えて通じる普遍性ってのが必要なんだろうけど、
50年前に作られた名作を、
当時の人と同じ心性で観るのは不可能だ。

ぼくたちは、
9・11や3・11、
つまり50年前の人にとっての未来を体験してしまっている。

最近、
ちょっと前のテレビ映像がとっても汚いと思うことはないだろうか?

ぼくらはすでに高画質テレビを基準に、
昔の映像を見ている。

何かをクリエイトする時の理想は、
同時代に評価され、
将来もそうであり続けることだろうけど、
それはだからかなり難しい。

今の人を喜ばせるだけなら、
それはエンタメではあったとしても、
芸術とは言えないだろう。

では逆に、
50年後を見据えて創作して、
同時代にはまったく評価されなかったら?

それは単なる独りよがりの恐れがある。

唯一確かなのは、
自分に嘘をつかないこと、
なんて綺麗すぎる。

この言い方は、
確かな自分というものが前提になっている。

映画の帰りに本屋に寄って、
川上未映子の「すべて真夜中の恋人たち」を買う。

2年ぶりの長編だとか。

作家が2年間考え続け、
世に問う作品というのが、
どれほどのものなのか、
そういう姿勢で読んでみようと思う。

2011年12月11日日曜日

発掘

帰宅すると、
「ねんきん定期便」ってのが来てた。


あなた様の年金加入記録をお届けいたします。

そうですか。

そう書いてある封筒の中身を見ると、
確かに会社以来ずっと年金を払っていることがわかる。

将来、
いくらぐらいもらえるのか、
試算する計算式ものっていて、
懇切丁寧な説明書きもあるのだけれど、
こういうマス目に数字を書きこんで、
①×③-②=Xみたいなの、
見ただけで拒絶反応が起きる。

本当に簡単にできるはずなのに、
あれ見ると、
「あーもーいーや」ってほったらかしになる。

でも何気に封筒を見ると、
「ねんきんネット」のご案内を同封しました、
とあるではないか。

これならパソコン経由でささっと、
自分の年金記録や給付予想ができるらしい。

そりゃ便利だと、
サイトに接続すると、
まずは「ご登録」からだ。

それはしゃーない、
まずはアクセスキー?

封筒の中の紙切れの束をめくって、
やっと見つけた。

入力して、
それで?

基礎年金番号を入力してください?

すんません、
ぼく自分の基礎年金番号知らないんですけど、、、

基礎年金番号は、お手元にある以下の書類でご確認いただけます。

1. 年金手帳
2. 基礎年金番号通知書
3. ねんきん特別便
4. 平成21年度・22年度にお送りした「ねんきん定期便」 (※)
5.国民年金保険料の納付書、領収書
6.年金証書
7.各種通知書等

※平成23年度(平成23年4月)以降にお送りする「ねんきん定期便」には、基礎年金番号を記載しておりません。その理由は、平成23年度以降の「ねんきん定期便」には、「ねんきんネット」をご利用いただくために「アクセスキー」を記載していることから、第三者がお客様になりすまして利用申請を行うこと等を防止するためです。

どっかにねんきん特別便とかなかったっけなぁ。

机をひっくり返すも見つからず。

あーもーいーや。

その代わり、
勤続20周年の時にもらった旅行券やら、
昔使ってたボイスレコーダー!が発掘された。

いやいや、
恐る恐る再生しようとしたら、
電池が切れていた。

単四電池はどこや~。

また物探し。

でも、
さすがに電池はあったので、
気を取り直して再生した。

恐らく6年前のぼくの声が一件だけ残されていた。

内容は下らないのだけれど、
その声に少々驚いた次第。

若い。

当たり前だけど。

かなり精神的に大変だったころのはずなのに、
精いっぱい優しく丁寧に話している自分が、
哀れでいじらしい。

お前は今地獄だと思っているだろうけど、
あと2年もすれば、
まだまだ天国だったと思い知るよ。

若い声の主に忠告してやりたくなった。


2011年12月10日土曜日

調性

先日亀田兄弟の試合を見ていたら、
へたな君が代を2曲も聞かされた。

日の丸君が代問題について、
ぼくは昔から、
日の丸賛成、
君が代の曲賛成、
歌詞反対、
という立場をとってきている。

「君が代」が「民が代」だったらいいんだけど。

要するに、
絶対敬語の使用を義務付けられた、
誰よりも「上」の立場を作るという心性は、
必然的に、
誰よりも「下」の立場を作る心性につながると思うからだ。

それはともかく。

へたな君が代を聞きながら、
「これって何調?」って思った。

レドレミソミレ、、、

白鍵ばかり、
何だCじゃん、
って思ったら、
浅はかだった。

Cであるなら、
ドから始まりドで終わるのがお約束。
なのに君が代はレから始まりレで終わる。

かといって、
キーがDというわけでもない。

調べてみると、
雅楽でレを主音にする壱越調(いこつちょう)」というのが、
一応「正論」らしい。








勉強になるね~。


西洋音楽では割り切れない、
こういうのもあるんですな。
どっちつかずで実に日本的(笑)。


では最後に、
最近一番いいなと思った君が代を。
















●ところで、YouTubeでいろんな人の君が代聞いてみたけど、この曲を移調して歌うのはOKなんだね。常識?●親父が死んで4年が過ぎた。



2011年12月9日金曜日

呆気

出勤前、
いつものようにドトールで一服していたら、
横から手が伸びてきて、
机上の百円ライターを持って行った。

ビックリして手の持ち主を見ると、
どう考えても20歳代の女性。

「貸してください」とでも言ったのかもしれないが、
ぼくはイヤホンをしている。

言っていたのだとしても、
かなり強引だ。

でも別にいいやってほっといたら、
一応「どうも」って感じで返してきた。

それで終わりかと思いきや、
再び手が。
またかよ、
と内心思いつつ黙っていると、
今度はなかなか返ってこない。

見ると女はライターの火で、
バッグの何かを溶かしている。

まったく不可解なのだが、
それでもほっておくと、
やっと返してきた。

「先焦げちゃった」

女はそう一言。

ライターを変な向きにしていたから、
先端が焦げたのだ。

本当ならば、
ここは怒るところなんだろうけど、
不思議と怒りの感情が湧かない。

ただただ呆気にとられた。

2011年12月8日木曜日

感情

秋の視聴率レースをぶっちぎる「家政婦のミタ」。

今日も帰ってから録画を見たけれど、
先週の予告と、
今日の新聞の番組紹介を読んだため、
途中が退屈というか、
早く山場にならないかと、
早送りしそうになった。

これからは、
できるだけ事前情報は遮断しなければ。

それはともかく、
喜怒哀楽の回路を遮断して生きてきたミタが、
感情を表し始めた。

前回は哀。

今回は怒。

子どもたちはミタの自殺を止めるのに成功したけど、
ここからミタの苦しみはさらに深まるのであり、
果たしてそれをどう解決するのだろうか?

これからは、
何をやっても裏目に出る「うらら」と、
恵一の縁結びのために、
ミタは活躍するのだろうか?

ミタに喜や楽は蘇るのだろうか?

それにしても、
根本的な疑問だが、
夫の浮気が原因で母が自殺したのに、
子どもたちはどうしてあんなに簡単に父親を許せるのか?

義父や義妹(うらら)も同様である。

最初の方見てなかったもんで、
そこらへんの処理がどうなっているのか、
ずっと引っ掛かったままである。

自殺した母親が浮かばれないように思うのは、
ぼくだけでしょうか?

しかし、
うららを見ていると、
人間、
中途半端が一番いけないなと、
改めて思う。

恵一が好きだと、
ミタに打ち明け、
即なかったことにと否定する、
あの態度の中途半端さ!

2011年12月7日水曜日

充電

パソコンの調子がやはり悪く、
具体的にいえば充電ができない。

仕方ないんでAppleStoreに予約して、
相談に行き、
充電器を交換することになった。

ここまでは実のところ、
想像とおりだった。

というのも、
ネットでいろいろ調べたところ、
同様の問題がたくさん起きているようだからだ。

それらの書き込みでは、
その場で交換してくれたというが、
ぼくの場合は数日待ってくれとのこと。

この時期、
交換が殺到しているのかもしれない。

それは仕方ないので、
充電切れしたマイマックを預け、
お店で充電してもらうことに。

完了までの数時間、
しばし心斎橋界隈をウロウロした。

クリスマス気分一杯の街。

イルミネーションの写真を、
と思ったのだが、
何とデジカメも充電切れ。

おーまいがっと。

それから久々ジャンカラに行った。

いつも通りカラオケは歌わないつもりだったけど、
最後に一曲だけ歌った。

斉藤和義「やさしくなりたい」。

家政婦のミタの主題歌である。

この歌、
キーはDフラット、
黒鍵ばっかの音階である。

セッションでこのキーの譜面を出すと、
ちょっとだけ嫌な顔をする人もいる(笑)

かなり難しいというか、
ぼくにとっては非常に勉強になる、
ということが判明した。

愛なき時代に生まれたわけじゃない〽

そうだ愛はある。
ぼくも、
確かに愛のある時代に生まれた。

でも、
そちらも充電切れを起こし、
ほったらかしだ。

●今日はマックからお届けしました●土曜日に元町巡りする予定です。

2011年12月6日火曜日

過程

一般的にはサヴァン症候群の一例として知られているけれど、
一度読んだ本のページを、
写真のように「記憶」してしまう、
そんな能力を持った人が世の中にはいるらしい。

先日参加した保坂和志の集まりでは、
荒俣宏がそうだと言っていた。

具体的に自分のこととしてイメージはできないけど、
まず心配になるのが脳の記憶容量。

自分が読んだありとあらゆるページを記憶してしまって、
もう容量一杯です、
なんてならないのかな?

まぁ、
ぼくが考えるより、
脳はずっとすごいんだろう。

ま、
とにかくだ、
そういう人は一見して変人に見えるという、
こちらには思い込みがあるけど、
案外、
普通にしてる人に、
実はそんな能力があって、
ただその人は隠しているだけかもしれない、
なんて想像してみる。

ほかにも、
他人の心が読めるとか、
そんなことが出来る人は、
もし普通の社会生活をしたいなら、
自分の特殊能力のことは黙っていて、
秘かに生かす道を選ぶだろう。

世間で占い師とか超能力者と名乗っている人より、
本当にすごい能力の人は、
それを隠しているに違いない。

能ある鷹は爪を隠す。

イエス。

でも、
そういう人が幸せかといえば、
必ずしもそうではあるまい。

例えば、
突然変異で異常に足が速くて、
努力もせずに100メートルで優勝しまくっても、
きっと楽しくないはずだ。

ゆえに、
凡人であるぼくは、
凡人であることを嬉しく思う。

出来ない事がたくさんあるということは、
出来るようになる過程を楽しめるということで、
それは素敵なことだ。

実際、
人生の喜びの大半は、
その過程にある。

年末ジャンボが売り出されているけど、
買ってから結果を知るまでが楽しい、
それに似ている。

人生にしても、
宝くじにしても、
結局はずれる(笑)。

当たるかもしれない、
そう思っていられる間が、
人生の、
そして宝くじの醍醐味なのだよ。

2011年12月5日月曜日

親日

帰ってきて「情熱大陸」の録画を見たら、
デイブ・スペクターだった。

彼は子供のころから大変な日本びいきで、
今は日本のテレビ番組を海外に紹介したり、
海外の番組を日本に紹介したりみたいなことをしている、
ぐらいにしか知らない。

まさかツイッターの「フォロアー」が30万人もいて、
芸能人部門では日本で一番多いなど、
夢にも思っていなかった。

毎日、
デイブ流のダジャレを10個ほどつぶやいているそうだけど、
30万人といえばハンパな数ではない。

彼自身がひとつのメディアだもといえる。

そんな彼の日常を、
番組は紹介しているのだが、
何かダジャレを考えている場面しかないようで、
東京とロンドン(?)に会社があるらしいのだが、
社員は一人も映らず、
やっぱり何をやっているのかわからない、
というより益々胡散臭くなった。

大体、
本当は黒髪なのに、
「外人らしく」金髪にしているとは!

ワイドショーでダジャレを言うのは、
彼の本業ではない、
ということは分かっていたけど、
彼はそんな風にしてテレビ業界を渡り歩きながら、
アメリカに日本の世情を伝える、
いわゆる「スパイ」なのではあるまいかなどと、
やっぱり思うのである。

それにしても、
イーデス・ハンソンとか、
E・Hエリックとか、
クロード・チアリとか、
親日派の外国人って、
日本に長年住むと、
どことなく「日本人顔」になるのは不思議だ。

食生活のせいだろうか?

夫婦が似てくるとか、
飼い犬に似てくるとか、
あるようで、
ないようで、
どうなんでしょうね?

2011年12月4日日曜日

均衡

昨日、
本当に久し振りにマイパッドで、
インフィニティ・ブレードをやったら、
Ⅱが出たとお知らせがあった。

APPストアをのぞくと、
確かにⅡが、
しかも先月末にリリースされているではないか。

ここ何カ月もやってなかったのに、
このタイミングで知ったのも何かの縁と、
早速ダウンロードした。

まだ最初の方をちょこっとしかやってないけど、
CGは確かにグレードアップしている。

でもゲームの基本は同じで、
安心感はあるけど、
Ⅰにはまった時のような興奮はもうない。

この辺りの感触も、
バイオ・ハザードの時とそっくりだ。

いくらきれいになっても、
やっぱり最初の感動が一番。

そういえば、
インフィニティに出会ったのは、
ちょうど震災が起きてバタバタの最中だった。

殺伐とした日々の、
ほんのひと時の息抜きだった。

そういえば、
バイオの時も、
大きな事故でてんてこ舞いだった。

逆に言えば、
そういう猛烈に忙しい時に、
何かに「逃避」したくなる心があるのかも。

疲れた時に甘い物が欲しくなるように。

精神の均衡をとる、
心のバランスボール(笑)

よくわかりませんが。。。

2011年12月3日土曜日

命日

開高健の「夏の闇」に出てくる「女」には、
実在のモデルがいるのだと、
「開高健のいる風景」(菊谷匡祐著、集英社)で知った。

開高歴30年にして、
この不覚。

この実在の女性が、
開高夫妻の仲にも深く関わっていた、
みたいなドロドロ話も、
ついでに知った。

不覚といえば、
比較にならないほど驚いたのが、
開高の命日が12月9日だということ。

何と、
親父と同じではないか。。。

この偶然の一致は、
じわじわとぼくの胸にしみる。

今まで気づかなかったのも、
このタイミングで知ったのも、
偶然という何かの縁に違いない。

これからぼくは生きている限り、
親父の命日に開高健を思い、
もちろん親父も思い続けるのだ。

あれほど読むのを拒んだ開高と、
同じ日に死ぬなんて、、、

親父はもちろん知らなかっただろうが、
えらい日に死んでくれたもんだ。

もうじき、
丸4年になる。

2011年12月2日金曜日

不幸

「家政婦のミタ」のミタの告白場面を、
帰宅してからもう一度見た。

こんなクソ夜中に何やってんのかね(笑)

でもおかげで、
昨日の説明の間違いに気付いた。

ミタをストーカーしたのは、
ミタ自身の異父弟だった。

昨日は、
ミタの不幸は想像を超えていたけれど、
思いもよらなかった程ではなかった、
みたいに書いたけど、
考えてみれば、
人間に及ぶ不幸というのは、
すべて想定内っていう気もしてきた。

でも、
そんな不幸が連鎖反応を起こし、
ついにミタは感情を消してしまったわけだ。

きっとあれは、
周囲に「一生笑うな」と言われたからというより、
ミタの自己防御反応のように思われる。

感情を凍らさないと狂ってしまったのだろう。

何となくそれも分かる気がする。

だから、
家政婦として働く家族に優しくされ、
凍った心が融けて、
感情が蘇り出した時、
彼女は姿を消したのだ。

次回、
発狂へと進む(であろう)ミタを、
周囲がどう救えるのか。

予告編で察しはついたけど、
実に待ち遠しいドラマである。

想定内といえば、
「想定外」が流行語に選ばれていないって、
後輩に話したら、
「それはホリエモンの時に選ばれてます」って、
指摘された。

そうだったなぁ。

でも大賞は想定通り「なでしこジャパン」。

にしても、
「3.11」って流行語か?

●金曜日の元町巡りは、今年は無理そうです。

2011年12月1日木曜日

過去

「家政婦のミタ」見た?

といった会話が、
家族で、
学校で、
職場で交わされているであろう金曜日。

ミタがついに過去を告白した。

以下ネタバレ注意。


溺れそうになった子どものミタを助けて、
死んでしまった父親。

夫の死をミタのせいにする母。

母は再婚するものの、
再婚相手がミタに好意を抱くようになり、
母の嫉妬をかうミタ。

結婚して夫と息子と幸せな家庭を持つが、
夫の弟に好意を寄せられ、
挙げ句の果てにストーカー行為を受けるミタ。

夫がその事実を知ると、
弟は逆上してミタの家に放火し、
夫と息子は死んでしまい、
弟も自殺する。

夫の家族や母は、
ミタの笑顔が悪いのだと責める。

「アンタの笑顔は他人を不幸にする。何もしなくていいから、一生笑うな」

想像していたよりはハードだったけど、
思いもよらないほどではなかった。

絶賛したので見てくれた人がいたら、
ちょっと肩すかしだったかな?

このドラマには、
ミタとはちょっと違うけど、
やることなすこと全て裏目に出る、
そんな登場人物が複数いる。

程度の差こそあれ、
ぼくだって、
やることのほとんどが裏目に出るといってもいい。

99回裏目でも、
1回の当たりのために生きているようなものだ。

ミタが夢も希望も笑顔も失くし、
それでも自殺せず、
家政婦として生き続けているのも、
どこかで「当たり」を探しているからなのだろう。

まぁ予告編を見る限り、
次回はさらに嵐になりそうですが。。。

普通の年だったら、
「承知しました」は流行語大賞だったかもね。

2011年11月30日水曜日

濃厚

会社に着くや否や、
後輩が寄ってきて、
ブロンドって何ですか、
とたずねてくる。

ブロンド?

何それ。

この前言ってたじゃないですか、プリンの、、、

あぁ、あれね、あれはね、、、

その後輩と先日プリン談義をしたことを思い出した。

ぼくはある銘柄のプリンが好きなのだけど、
最近、
たまに別のに浮気する。

その上、
またさらに別のプリンに最近はまっており、
そういう状態を、
「ブロンド美人と浮気」と表現したのだ。

下らん。

で、
そのブロンドプリンがこれ。













ベルギーチョコレートプリン。

だからブロンド。

下らん。

でも濃厚でおいしい。

お試しを(笑)

2011年11月29日火曜日

傀儡

亡き親父は、
テレビのサスペンス番組が好きで、
見始めてすぐに犯人を予想するのが好きだった。

これがまた、
意外なほど当たるので、
子どもだったぼくには驚きだった。

それはストーリーとかとは関係なく、
こういう事件でこういう台詞をいう、
この手の俳優は絶対犯人だ、
みたいなパターン予想によるもので、
しょっちゅう見ていれば自然に身に付くのだと、
今では思うけど。

申し訳ないけど、
見るからに悪人顔な人はいるもので、
例えに出して申し訳ないけど、
民主党の輿石幹事長や小沢一郎などは、
その典型だと思う。

ドラマの場合、
悪人顔の人が実はめっちゃいい人で、
善人っぽい二枚目が狡猾な悪だったりするのだが、
政治の世界ではどうなんでしょうね。

きょうNHKクローズアップ現代を見たら、
大阪知事になる松井一郎氏が出演していた。

率直に言ってこの人、
ちゃんと知事できるんかいな?

ロシアにおけるプーチンが橋下で、
メドベージェフが松井だと思っていたが、
松井氏はいろいろ突っ込まれると、
立ち往生しそうな気もした。

ただし、
人が良さそうに見えた点は、
大きな成果だったと思う。

テレビは、
話した内容より、
映った印象がほとんどすべてだから。

少なくとも悪人顔ではない。


2011年11月28日月曜日

維新

電力会社が総力を結集して、
「橋下潰し」をはかった、
大阪知事選と大阪市長選。

「大阪秋の陣」は、
橋下率いる維新の完勝。

いよいよ大阪都が現実味を帯びてきた。

大阪が都になったとして、
何もかもがバラ色になるわけないことぐらい、
有権者は知っているけど、
知事になってからなかなかしたたかな、
政治家・橋下に何かを託してみたくなった気持ちは、
わからないではない。

仮想敵を作って、
「改革か現状維持か」二者択一を迫るやり方は、
小泉純一郎そのままなんだけど、
あの狂奔のむなしさを知りながら、
それでもすがらねばならない点が、
大阪の抱える問題の根深さを感じさせる。

なんていうきれいごとはさておいて、
大阪都になれば、
日本に府は京都だけになる。

京都のお人は「うちは府でよろしいわ、ふふふ」と、
思っているかどうかあ知らないが、
何か「独特感」が増す気はする。

そして再び話は維新に戻るが、
日本の閉塞感が続く限り、
維新の勢いは国政にも波及しそうだ。

遠くない将来、
橋下が総理なんて時が、
来そうな感じもするのである。

そうそう、
なんで電力会社が橋下潰しに動いたかというと、
大阪市は関西電力の筆頭株主なのです。

大阪の公務員と、
関西電力は戦々恐々ですな。

2011年11月27日日曜日

混合

水とお湯を混ぜる混合栓。

昔はレバーを下げると出て、
上げると止まるタイプが主流だった。

確かにその方が実際の液体の動きに沿っていて、
自然だと思う。

ところが、
1995年の阪神大震災で状況は変わる。

地震で落ちてきた物で栓が開き、
水が出しっ放しになる「被害」が相次ぎ、
それを境に下げると止まる、
現在の方式が一気に主流になった。

で、
我が家の場合は昔風なのだが、
最近、
台所のやつが水漏れを始めた。

修理を頼んだら、
交換しか方法はなく、
さりとて同じ物はすでになく、
下げたら止まる、
今風のものに変えざるをえなくなった。

混合栓が我が家にそこだけなのなら、
慣れの問題で済むのだけれど、
うちには計3カ所、
同じような混合栓がある。

台所だけ逆になるってどうよ。

混合栓が混合する事態に、
果たしてぼくの、
そして母の頭が耐えられるのか、
はなはだ心もとない。

出そうと思ってグッと力を入れて下げて、
そんなことを何度も繰り返したら、
壊れてしまうのではないか、
とっても心配なのである。

2011年11月26日土曜日

驚愕

行って参りました、
上原ひろみライブ。

もはや世界的と言っていいジャズピアニスト。

テレビでは何度も見ているけど、
生は初めて。

いやいやスゴかった。
ロックとかならいざ知らず、
最後は文字通り総立ち。

あれほどのスタンディングオベーションって、
生まれて初めて見た。

って、
ぼくもその一員なんだけど。

ピアノの技術的なことはちっともわかりませんが、
とにかく楽しそうに弾いていた。

まるで、
子どもが遊園地にいるようだった。

トリオの残るベースとドラムが、
はしゃぎまくる孫のお守りをしてるって感じがまた、
微笑ましかった。

途中の休憩時間に、
調律師がピアノを触っているので、
すげー幕間に調律かよ、
って思ったら、
何と弦が切れたとか。

ピアノは三本で一音になっていて、
うち高音の一本が前半に、
残る二本のうち一本も後半に切れた。

珍しいことだと、
彼女もビックリしてた。
そんなことでいいのかヤマハ。

それにしても、
アメージングな演奏でした♬

●突然ですが、土曜日に元町に参上します。

2011年11月25日金曜日

脚本

「家政婦のミタ」が面白い。

んなことはもう、
とっくに皆さんご存知でしょうが。

感情を出さない、
でも、
仕事は正確無比な家政婦を、
松嶋菜々子が演じる連続ドラマだ。

タイトルからして、
人をくってるんだけど、
この「ミタ」という家政婦の造形が、
ほとんどターミネーターなのに笑う。

こちらは笑うが、
ミタは絶対に笑わない。

2年ぶりの連ドラ主演という松嶋、
よくぞ、
この脚本に乗ったなぁって思う。

本人が相当冒険心があるのか、
信頼するスタッフがいるのか。

で、
だれが脚本家なんだろうと調べたら、
遊川和彦って人で、
ぼくよりはるか年上の大ベテランだった。

新進気鋭の若手だろうって、
勝手に想像してましたが。

思うに、
映画よりテレビドラマの方が、
脚本家って気になるのは不思議だ。

宣伝でも、
●●脚本って、
テレビでは使うけど、
映画では普通●●監督だろう。

調べてみてわかったけど、
このドラマは、
監督が複数で担当しているのだ。

テレビでは珍しいことではないが、
考えてみれば不思議なことだ。

複数に監督がいて、
連ドラとしての統一感があるって、
一体どういう作り方してるのか、
興味がわいてきた。

にしても気になりますな、
ミタの正体。



2011年11月24日木曜日

回文

今日はお休みだったのだが、
全く身体を動かす気分ではないことに、
起床してすぐに気づいた。

といっても、
風邪をひくなど、
体調が悪いっていうわけではなく、
ただ、
「今日は家にいろ」と身体が言っているような、
気がしただけなのだが。

本当は、
友人のイベントに顔を出そうと思っていたので、
不義理を詫びるメールを送ったら、
速攻返事が来た。

その内容にビックリしてしまって、
何も考えられなくなり、
もう一度ベッドに入って寝てしまった。

先日会社で、
「セカンドライフ」とかいう冊子が配られた。

ぼくと同じ世代の社員全員に、
「退職後」の暮らしについて考えさせようという内容。

退職金や年金の計算方法や健康管理など、
いろいろ書かれているのだが、
ひねくれ者のぼくは、
ちっとも真剣に読む気なし。

ただ、
あぁ、
そうやって会社って、
やんわりお払い箱を告げてくるのだなと、
感心した。

親父が言ってたな。

会社に20年はいれるけど、
30年は難しいって。

親父が死んでからの方が、
相談したいことが増える。

困ったもんだ。

そういえば、
談志が死んだ。

だんしがしんだ。

回文だと今ごろ気づいた。

2011年11月23日水曜日

機嫌

うん、
とも、
すん、
とも言わなかったパソコンが、
突如復活した。

何事もなかったかのように。

機械のくせに、
気まぐれな動物みたいだ。

無事はよかったんだけど、
なんか腹立つ(笑)

それはともかく。

先日、
今年仕事納めうんぬん書いたけど、
その翌日、
一緒に仕事した後輩がやってきて、
「昨日は大成功でしたね」とニコニコ顔。

お、
お前どっからその自信がわいてくるん?

俺なんか反省ばっかりやったで。

えー、
そーですかー?

若い人のポジティブな姿勢、
ちょっとは見習った方がいいのかな?

それもともかく。

久々、
天満・じゃず家セッションに行ってきました。

今日は、
サックスとドラマーの人がいっぱい。

いつも書くのだけど、
今日は、
サックスでドラムな気分だったのだろうか?

本当に不思議な現象だ。

で、
ぼくの出来はというと、、、

自分ではよくわからないんだけど、
拍手は一杯もらった。

お客さんで一人、
誰が演奏しても、
すんごい腹から声援してくれる人がいて、
たぶんそれにつられたんだと思うけど。

でも、
やっぱり嬉しいもんだし、
素直に出来がよかったのだと、
前向きにとらえようと思う。


2011年11月22日火曜日

故障

ペンギンさんちのパソコンが壊れたそうで、
「まぁまぁ、それぐらいで心乱されないで」なんて、
笑い半分なぐさめていたら、
うちのパソコンの一台が、
昨日からうんともすんとも言わなくなった。

まぁそいつは遊び用というか、
ネットを見るためぐらいにしか使っていないので、
別に動かなくても、
日常的には困らないのだけど、
比較的最近買ったものであることと、
あまりにも「ある日突然」だったので、
軽くショックを受けている。

何がしかの予兆というか、
あれ、
おかしいな、
みたいな感じが全くなく、
前日普通に閉じて、
翌日には充電すらできなくなって、
みたいな感じで訳が分からん。

ひょっとして、
故障ではなく、
何かをちょちょいとすれば、
あっさり直りそうな気もするのだが、
いまのところ音無しのまま。

話は飛ぶけど、
手順ってのは大事だね。

a-b-c-dとこれまでやってきたことを、
a-c-d-bってするだけで、
劇的に便利になったりすることがある。

たぶん、
人の生き方にもそんなところがあって、
ちゃんとa-c-d-bで出来る人、
それに気づいた人が賢いんだろうな。

2011年11月21日月曜日

忘年

3.11の震災のドタバタの最中、
ぼくはサラリーマン人生で最高といえる仕事が、
たった一回だができた。

もう、
あんな仕事はできないと、
確信を持って言えるのだが、
今日はそれとは違った意味で、
仕事の節目を迎えた。

ここんとこしばらく急がしかったけど、
12月を待たず、
一足お先に仕事納めって、
あくまでぼくの気分の問題であって、
デイリーワークは延々と続くのだけど。

震災の時のような高揚感も達成感もない。
けど、
それでも「あぁ終わったなぁ」と少しだけ感慨深い。

今年は特に、
自分なりのハードルというか、
こだわりというか、
テーマを持って挑んで、
手応えをつかんだという意味では、
ちょっと例年とは違ったかな。

そのこだわりって、
他人にとってはどーでもいいことだったかもしれないんだけど、
ぼくとしてはある同業他社を、
勝手にライバルと定め、
クォリティーにおいて負けまいと、
徒手空拳がんばったとはいえる。

社内にライバルがいないってことではなく、
単に相手にされていないだけなのだけど。。。

なにしろ現状維持、
前例踏襲がいやだっただけなのだ。

でも、
そのささやかなマイプロジェクトも済んで、
あとは一人忘年会でもするか(笑)


2011年11月20日日曜日

勤勉

資本主義と科学は、
現代社会をドライブする両輪だ。

資本主義は拡大再生産が至上命題だし、
科学は常に何かを探求する。

新しいテクノロジーが新しい市場を生み出す。

本来無関係でも、
相性はとてもいい。

一方で人間性っていうのは、
古代からそんなに変わっていないので、
もはや現代人は資本主義や科学に振り回されている。

しかし、
資本主義はともかく、
科学は発展を続けなければならない。

なぜか。

十億年だか先には、
太陽が巨大化して地球を飲み込む。
そのように予測されているからだ。

あるいは、
その前に巨大彗星が地球に衝突してしまうかもしれない。

いずれにせよ、
人類が滅亡を逃れたければ、
いつか地球を飛び出さなければならない。

このことは一応、
間違いないと考えられる。

そのためには、
テクノロジーを発展させ、
宇宙を探査し、
必ず訪れる地球の滅亡に備えなければならないのだ。

まぁ地球とともに人類も滅亡してよい、
というなら話は違うけど、
一応滅亡してはならないという前提で。

一方で資本主義っていうのは、
人間にとって最高のシステムでは全然ない。

これまでの人類史の中では、
まぁうまく行っている方だというに過ぎない。
むしろ、
現代はその限界というか、
恩恵よりも弊害の方が大きくなりつつあるように思う。

だから若い人には、
資本主義を超えるシステムを発明して欲しい。

もちろん共産主義ではなく。

もっと人間や地球に優しい、
循環型システムがあるはずだと思うのだ。

まったくのたぶんだけど、
そのためにはもっと人間はルーズになるべきだ。

特に日本人。

うちの母のように、
非生産的なことに勤勉なのは、
とってもいいと思うのだが、
資本主義の駒として勤勉なのは、
いいかげん卒業した方がよいのではないだろうか。



2011年11月19日土曜日

稀有

酒で心身を崩壊させ、
会社を8ケ月休職するはめに陥る2年ほど前、
ぼくは会社の東京本社に出向していて、
その時「小説の自由」に出会った。

作家保坂和志のこの本は、
その後のぼくの考え方を強烈に変えた。

これほど本から影響を受けたのは、
十代の時に読んだ開高健の「輝ける闇」以来。

まぁそれなりに本を読んできて50年弱、
ここまで影響を受けたのはこの2冊だけだ。

「小説の自由」からどんな影響を受けたのか、
強引に言うなら、
思考を丹念にトレースするような文章表現と、
「物事を簡単にわかろうとするな」というメッセージだったように思う。

そしてぼくは、
それまでの思考の檻から少し自由になれた。

あとは、
読んでみてくださいとしか言いようがない。

と、
ここまでは前フリで、
今日はその保坂氏の講演会(?)に行ってきた。

京都市役所そばの古本屋さんの2階、
畳敷きのスペースには、
若者を中心に100人は集まっていただろうか。

















「ここのところずうっと考えている全部」と題して、
保坂氏が80分ほど話された後、
小休止をはさんで、
後半は質疑応答で進んだ。

「日本に革命を起こそう」みたいな、
ヤバい内容を密やかに期待していた思惑ははずれ、
「因果関係はフィクションだ」みたいな、
とてもまっとうな中身。
「合法的革命の可能性」いついて聞ける雰囲気はなかった。

でも、
「うわぁ、書いていることと同じこと言ってる」、
みたいな、
当たり前なことでも感動的だった。

考えるまでもなく、
彼は作家なのだから、
書くこと以上のことをしゃべる訳はない。

講演の方が書いたものより面白ければ、
その方が問題かもしれない。

でも、
ぼくとしてはそんなことより、
保坂氏本人に「会えた」ということが無上の喜び。

自分が何年も影響を受け続けている人に、
ようやく会えた喜びをわかってもらえるだろうか?

もうそれだけで十分なのに、
さらにもう一人、
会いたいと強く願っていた「管理人さん」とは会話までできた。

ぼくより一回り以上年上の管理人さんは、
写真や文章で推察するより、
はるかに魅力的。

若ぶるでもなく、
年寄り臭くもなく、
優しさとラジカルさと、
知性や分別を、
ほどよくブレンドしたような感じってわかるかな?

立ち話程度だったけど、
この直感をぼくは信じる。

人間の内面は、
想像以上に風貌に現れる。

ということは、
逆にぼくの内面も見抜かれたと思うけど、
いずれは管理人さんのように年をとりたいと思う。

満願成就な一日だった。

●甲子園口に帰ってきたのは0時を過ぎていた。ライブだったパティ様、間に合わなくてごめんなさい。

2011年11月18日金曜日

決算

ここんとこ、
一年の総決算的な仕事を連日しており、
いささかバテ気味だ。

年賀状が売り出され、
11月が終わると一気に師走、
つまり世間も総決算モードに入る。

そんなこの時期、
今年の流行語とか新語とか漢字とか、
十大ニュースなんかが気になり始める。

でも、
今年は流行語と漢字は、
ぼくの中ではもう決まっている。

流行語は「想定外」、
漢字は「絆」。

もちろん、
流行語については「臨界」とか「なでしこ」とかもあるけれど、
やっぱ「想定外」しかない。

漢字は「災」かとも思ったが、
これ、
数年前に一度選ばれている。

となれば「絆」。

これはかなり自信ある。
違っていれば、
それこそ「想定外」だ。

十大ニュースも、
1位は3.11を含む自然災害。
2位は福島原発事故。
3位はなでしこ世界一。

ここまではもう決定でしょ。

あとはもろもろ、
どうせ、
どじょう内閣誕生とか、
皇室がどうしたとかが定番で入って、
残りはもうあと5つほどか。

でも、
考えてみれば、
今年は震災関係を除いて大きな事件が少なかったような気もする。

いいことだけど。

あと5つ。

何だろうね。

地デジ?

紳助?

TPP?

携帯カンニング?

うーん、、、
わからん。

2011年11月17日木曜日

壁画

15000年前のクロマニョン人が描いたという、
ラスコーの動物壁画。

学校では必ず習うから、
覚えている人も多いと思う。

野牛や羊や馬などが生き生きと描写された、
あの絵が天文図ではないかという、
面白い説があると知った。

NHK「地球ドラマチック」だったのだけど、
最後の方しか見られなかったから、
不正確かもしれないけど、
あの壁画と星座が重なると、
とある女性科学者が発見したのだそうだ。

もっとも、
この見解には反論もあるようで、
そのひとつが、
クロマニョン人がどうやって、
天体を観測して、
洞窟の壁に写し取ることができるのか、
というのがあった。

そんなに不思議だろうか?

道具なんて使わなくても、
きっと彼らは頭の中の記憶だけで、
十分に描けたのではないだろうか。

前にも書いたと思うけど、
古代ギリシャで文字が発明された時、
文字なんかに頼ると記憶力が衰える、
つまりバカになると、
反対する声があったらしい。

現代人には考えられないほど、
昔の人の記憶力はすごかったのだと思う。

ネットを「外部記憶」として使っている、
ぼくのようなボンクラには想像も及ばない。

そういえば、
文章をキーボードでうつと左脳、
手書きだと右脳を使うとか?

逆だったっけ?

そんなことも覚えられん!

2011年11月16日水曜日

挽回

Happy birthday to you,
Happy birthday to you,
Happy birthday, dear  だれそれ〜,
Happy birthday to you.



ご存知「ハッピー・バースデー・トゥ・ユー」だが、
この歌詞にアメリカでは2030年まで著作権があるのだと、
最近知った。


Happy birthday to you.


これだけでは著作権の対象にならないけど、
繰り返して少しひねる、
ひねるといっても、
dear だれそれ〜だけだけど、
それで著作権が発生するなんて、
なんか不思議。


ならば、
I  love youでも、
繰り返してdear だれそれ〜
ってして登録したら、
著作権認められるんかいな?


ちなみに、
日本での著作権は2007年に切れたそうな。


だから日本国内では、
だれはばかることなく、
大声で歌えるのだ。


もう昨日のことになるが、
ペンギンさん、
誕生日おめでとー

忘れててごめんねー(笑)


2011年11月15日火曜日

駄目

ようやくジョブズの伝記を読み終えた。

Ⅱの方は、
いよいよiMac発売からiPodやiPhone、
iPadに至る怒濤の快進撃の部分なのだけど、
同時に膵臓がんを発症し、
死に至るまでの経過でもあり、
ちょっと辛かったな。

結局彼は実業家ではなく、
映画監督や指揮者みたいだったんだと思う。

というのは、
彼自身に卓越したコンピューターの技術があったわけでも、
デザインそのものを生み出したわけでもないからだ。

こういう物が欲しいという直感と、
それに対して超一流の才能が提出する案に、
容赦なく駄目出しできる才能が傑出していた、
って感じだ。

それは相手が誰でも同じ。

レストランのウェーターだろうが大統領だろうが。

「それ」か、
「それじゃない」か。

ジョブズ的に言えば「最高」か「最低」か。

彼の「それ」のハードルはとてつもなく高く、
決して妥協することなく、
最後の最後まで駄目出しを続けた一生のようにも思う。

駄目出しされる方はもちろん辛いけど、
駄目出し続けたジョブズもしんどかったとは思う。

才能ある人が、
何度も何度も、
自分の案を却下され、
こきおろされ、
よく「自分でやれよ」ってならなかったもんだ。

すごい人物だけど、
自分の上司になって欲しいかと問われれば、
やっぱり「ノー」だな。






2011年11月14日月曜日

実況

いやぁ、
またやっちまたよ。

とある会合に参加しようと、
久しぶりに京都に出かけたら、
その会合は5日後ですって(泣)

あれは去年の春、
ジェフ・ベックのライブに一日前に行って、
仕方ないから甲子園球場で阪神対巨人戦を見た、
あの日を思い出す。

何も成長しとらんわ。

今日は、
京都の地下街のよく分からん喫茶店に入って、
チョコレートパフェをやけ食い(?)したよ。

帰りの電車はむなしかったけれど、
マイパッドで日本シリーズを聞けたのでよかった。

プロ野球をラジオ観戦するなんて、
久しぶりだ。

スポーツ中継はテレビが圧倒的に有利だけど、
プロ野球はちょっと別だ。

サッカーと違ってプレーに「間」があるから、
声だけでも、
十分に情景が想像できる。

テレビのアナウンサーと違って、
映像任せにできないから、
アナウンサーも必死だし、
解説者も妙にマニアックで、
とても勉強になる。

子どもの頃は、
テレビをつけて音を消して、
ステレオのラジオをわざわざつけて、
観戦したこともあった。

無駄足な一日だったけど、
それなりに得る物もあった。

転んでもタダでは起きぬ。

そのあたりも、
成長しとらんわ(笑)

●諸般の事情により、元町には火曜日に参上することに変更しました〜。

2011年11月13日日曜日

筋道

「マルホランド・ドライブ」(デイヴィッド・リンチ監督)をDVDで。

映画って基本一度通して観て、
ある程度筋道がわからんといかん、
と日頃主張しているぼくの基準からすれば、
完全に「アウト」な作品ではある。

途中から役柄と役者がガラガラ変わるなんて!

「2001年宇宙の旅」も最初は大概だったけど、
本作ほどではなかった。

しかし、
「ではある」がと書いたからには、
本作はアウトではないと言いたいのだと思われるだろうが、
必ずしもそういう訳でもない。

もちろん、
調べました。

ネットで様々な解釈を。

なるほどと思わされるものもあり、
それでも合点のいかない部分もある。

とりあえずの受け止め方は、
ピカソのキュビズム絵画のような感じ。

普通に出来上がった映画を解体し、
再構成して、
そのことによって、
ある感情をより深く、
新しい視点で提示してみせた、
ということか?

実際世の中は時系列で進んでいくけど、
記憶は全然整然とはしてないし、
昨日のことさえ藪の中みたいなところもある。

ぼくにとっての事実が、
あなたの事実とは正反対かもしれないが、
ぼくにとってはそれが事実ってことも、
あるし、
「それは間違っている」と否定する権利は、
だれにもない。

DVDに同時採録されている、
監督インタビュー。

「完成した映画以上に説得力のある言葉は存在しない」

こういう類の映画もあるのだと、
少し視野が広がりました。


2011年11月12日土曜日

揃目

昨日は2011年11月11日、
「1」並びということで、
世間ははしゃいでいた。

切手にスタンプを押してもらう人。

婚約届けを出すカップル。

プロ野球入寮届けを出した選手。

そういえば、
この選手は11時11分11秒にサインしたと言ってたっけ。

ぞろ目趣味はぼくにはないけれど、
「忘れない」という意味では、
この2011年11月11日は、
将来、
日本史の試験に出る日となった。

TPP交渉に関してどじょうが、
交渉参加に向けて、関係国との協議に入ることとした」と述べた。


もって回った言い方だけど、
要は参加するのである。


Ⅰ日先延ばしして、
一体何を考えたのか、
あるいは何にも考えなかったのか、
そもそも、
Ⅰ日考えて、
考えが変わるとすれば、
その方が問題なのであって、
始めっから彼の頭の中は「参加」なのだった。


どじょうに言わせれば、
これは第二の開国ということなのだろうが、
たぶん開国ではなく、
第二のアメリカへの敗戦である。


これから10年ぐらい、
この国がどう変わっていくか、
若い人は特によく見ておくといい。


そしてこの2011年11月11日が、
その実質的始まりだったのだと、
いずれ納得するだろう。


もう隠れアメリカはやめて、
日本をアメリカの州にしますって、
正直に言えばいいのに。


でもアメリカは賢いから、
そんなことは許さない。


日本人の勤勉さにつけこんで、
働かせるだけ働かせて、
おいしい所は持っていく。


ソレデモニホンジンモンクイワナイ。
ホントフシギナコクミンデス。





2011年11月11日金曜日

後手

三谷幸喜といえば、
「古畑任三郎」や「王様のレストラン」以来、
飛ぶ鳥を落とす勢いというか、
あるいはすでに大御所なのか、
先頃小林聡美と離婚したというか、
まぁ何にせよ有名な脚本家であり演出家である。

その三谷氏が先日、
プロフェッショナルに出ていて、
最後のお約束、
あなたにとってプロフェッショナルとは、
と聞かれ、
満を持してって感じで「それは期待に応えるでしょ」とのたもうた。

ぼくが「その通り」と快哉したのは言うまでもないけど、
一方で「あ〜先を越されちゃった」とも思った。

ぼくがプロフェッショナルに出るわけがないので、
おこがましいのだが、
もしぼくだったら絶対そう言おうと思っていたのだから、
そう思う傲慢も許してください。

三谷氏の作品は、
最初に挙げた2作が特に印象的で、
それもすでに20年近く前で、
先日テレビで映画「ザ・マジックアワー」をちら見したけど、
そんなに面白いとは思えず、
ぼくの期待にはあんまり応えてはいないようだ。

でも、
そんなことは関係なく、
彼が視聴者の期待に応えようと、
それこそがプロだと自分を叱咤激励し、
浮き沈みの激しい世界で20年間も、
第一線を走り続けているのだから、
それはもう大したもんである。

彼のどこかとぼけた受け答えが、
全部計算づくだとしても、
離婚した嫁さんが荷物を運び出す場面を、
プロフェッショナルのカメラにわざわざ録らせる、
ちょっと悪趣味なところも含め、
すべて「期待に応える」の一言で許す。

ぼくが許すっていうのも、
まったくのお門違いなんだけど、
とにかくマイ好感度がアップしたことは間違いない。



2011年11月10日木曜日

来世

津波のシーンがあまりにリアルなので、
3.11の直後あっさり上映中止になった、
「ヒアアフター」。

いつのまにやらレンタルされていたので、
観てみた。

あのころ、
上映中止は大げさなんじゃないの?
って思っていたのだけど、
納得した。

ぼくが映画関係者だったとしても、
これは中止しただろう。

逆に言えば、
それがレンタルになったということは、
ほとぼりが冷めたということなのか、
何やら不可思議な気分。

これは被災地の人が観るには、
まだまだ早いと思う。

と、
そこんところはともかく、
映画の内容は、
一回観ただけでは何とも言えないなぁ。

クリント・イーストウッドの丹波哲郎化というか、
結局「死後の世界あります」って言いたいだけなのか。。。

津波に遭遇して臨死体験した女性ジャーナリストと、
霊媒師と、
双子の兄を事故で亡くした弟が、
導かれるように出会うまで、
って感じのお話。

映像は美しいし、
冒頭を除けば2時間強、
淡々とした展開を、
一気に観させるのは、
確かな手腕ではあると思うけど、
映画としてどうかと問われると、
うーん、
やっぱり?なのであった。

●元町へは、来週月曜日に行くことにしました〜

2011年11月9日水曜日

慇懃

昼間何気に国会中継を見ていて、
どじょう首相の答弁に感じる印象は、
一体どう形容したらいいのか考えた。

夜になってしっくりくるものが浮かんだ。

職務質問する警察官。

はぁ?と言われそうだけど。

要するに慇懃無礼なのだ。

どじょうの言葉はマイルドだ。

あの歌舞伎役者のようなでかい顔で、
バリトンボイスで、
言葉遣いは慎重かつ丁寧。

これまで何代かの宰相に比べれば、
政治家の言葉の重みを理解しているように映る。

だけど違うな。

本当の政治家の言葉の重さってのは、
その一言で国民の命を奪いかねない、
そういう心の葛藤の末に絞り出されるからこそだ。

どじょうの言葉には、
そんな葛藤が感じられない。

答弁の仕方は、
まさにクレーム処理係。

つまり、
応接は丁寧だけど、
結局相手の言い分は飲まず、
お引き取り願う感じ。

警官の職務質問って書いたけど、
つまり最終的には国家権力を背景に、
自分らの意のままに物事を押し進める感じ。

役人。

そう、
彼は明らかに霞ヶ関寄りの人間だ。

別に肩を持つわけではないが、
今日の中継を見ている限り、
自民党の方に分があると思った。

それにしても、
どじょうブームって、
あったのかと疑いたくなるほど一瞬だったな。

●そうそう、検索にGoogleを使っている人、do a barrel roll と検索してみて下さい。面白いよ。



2011年11月8日火曜日

内圧

日本は外圧でしか変われない。

本当だろうか。

原発事故、
TPP、
消費税上げ、
進む貧富の格差…

今の日本人は、
本当に今の日本でいいと、
今の政治家に舵取りを預けたままでよいと、
心底本当に嘘偽りなく、
思っているのだろうか。

ぼくにはどうにもそうは思えない。

この国に対する不満の内圧は、
相当に高まっている。

特に、
世代間の圧力差が激しいのではなかろうか。

ザックリ、
50歳ぐらいを境目にして。

革命が起きるとしたら、
若者が政治に目覚めるしかない。

若者の若者による若者のための政党を作り、
ネットを使って若者の投票率を90パーセントぐらいまで上げ、
一気に国会を制圧する。

合法的かつ現実的な案だと思うが。

公約は徹底的に若者の優遇にする。

次の衆院選ワンチャンス。

そんな若者、
おらんのかいな?

2011年11月7日月曜日

伝記

朝日と読売の日曜日の書評欄で、
スティーブ・ジョブズの伝記が、
好意的に取り上げられていた。

他紙もかもしれないけれど。

ぼくはまだⅠを終えてⅡを読み始めたとこ。

それでも相当に面白いと断言できる。
ずっとアップル信者だった人には、
既知のことが多いかもしれないけれど、
イメージやいくつかの「名言」でしか彼を知らなかったぼくには、
十分刺激的だ。

何より翻訳が日本語としてこなれていて、
文字通りスラスラ読める。

この伝記の特徴は2点。

本人が全面的に協力していること。

そして、
相反するようだが、
本の内容について本人はノーチェックだったということだ。

生前に自分の伝記の執筆依頼をしていたというあたりは、
さすがジョブズと思うけど、
出来上がりをチェックしないとは、
本当に不思議。

筆者を信頼している証ともいえるけど、
あれほど製品の出来映えにこだわった人にしては、
信じられないような丸投げぶりだ。

内容は、
以上のようなことを思わせるほどの、
彼の偏執狂(?)ぶりが満載だ。

思うに、
伝記になるような偉人って、
誰しも彼のような部分があったのではないかな。

それが時が流れるうちに、
いいところばかりクローズアップされ、
本人に都合の悪い部分は消されていったのではあるまいか。

どんな偉人だって、
カッコいい側面だけではなく、
人を踏みつけにしたり、
困らせ泣かせたり、
「黒い」側面もあったに違いない。

でなければきっと、
世界を変えるほどの影響力は、
持ち得ないのだろう。

そういう意味で、
考えうる最高の鮮度で、
この伝記が出版されたことは、
本当に貴重なことだ。

丸ごとの自分を知ってくれ。

それがジョブズの最後のメッセージだったんだと思う。

●そして同時に、ぼくは絶対こんな風には生きられないと、少しの失望も味わっている。



2011年11月6日日曜日

快適

暖かいのか寒いのか、
はっきりしない日が続く。

ぼくの部屋のエアコンには、
「快適おまかせ」なるモードがあるのだが、
それにしておくと、
朝方は暖房、
日中は冷房になる、
といった具合。

中途半端な天気に引きずられるように、
ぼくのテンションも高いんだか低いんだか。

そんな中、
このYouTubeにはまっている。

http://www.youtube.com/watch?v=Amx9-sgwbmM

こういうの駄目な人は、
全く受け付けないと思うけど、
ぼくにはかなりストライク。

MIYAVIというこの日本人ギタリストの、
すべてが好きというわけではなく、
SURVIVEという曲の、
このスタジオライブバージョンが好きなのだ。

そして得体のしれない格好をしたMIYAVIが、
日本人らしからぬテンションで何やらしゃべり、
いきなりギターを引き始める。

最初見た時は鳥肌ものだった。

かっこよすぎるだろ。

この神業的ギターは一体なんじゃ。
ギターを三味線のように弾いて、
手が早すぎて見えない。

ちょっと調べると、
彼は世界中でツアーをしているようで、
音楽通にはとっくに知られた存在らしい。

でも、
一般的にはそんなにメジャーではないように思うが、
不思議なことだ。

いや、
もはやテレビや新聞に出ているからメジャーという、
考え方自体が旧時代の考え方なのだろう。

ぼくが子どものころ、
ベストテン番組を拒否する歌手がいると、
それだけでニュースになったもんだったが、、、

いましばらくは、
そういう旧態依然としたメジャーマイナーな世界観と、
ネット世界のフラットな価値観が、
混在した状態が続くと思うけど、
この先、
どちらが主流に立っていくかは、
火を見るより明か。

勝負はもうついている。

いくらテレビが高画質化したって、
結局こんなYouTubeの粗れた画面に、
完敗してるんだもんね。





2011年11月5日土曜日

早業

水曜日の出来事だけど、
あまりに爽快だったので、
書いとこう。

あの日は朝から元町に出かけたんだけど、
その時の話。

JR甲子園口から隣の西宮まで各停で行き、
そこで快速に乗り換えた。

運良く座席があいていて、
やれやれと座って、
読書の続きをと思って、
肝心の本を各停の座席に置き忘れた事に気づいた。

おーまいがっと。

もし誰かが忘れ物と届けてくれても、
元町のあとは会社に直行しないといけないし、
後日どこかに取りに行くのも面倒くさい。

そもそも、
届けてくれるのだろうか、
ついてない一日になりそうだなぁ、
などと思っている間に、
快速電車は次の芦屋駅に到着。

すると、
ホームの向かい側に、
さっきの各停が止まっているではないか!

立ち上がって車内を見ると、
ぼくがいた場所に本らしき物。

咄嗟に快速のドアに向かったぼくは、
ドアが開くやいなや、
小走りで各停に飛び込んで本を回収、
タッチアンドゴーで快速に戻って、
元の座席に座った。

この間5秒ほど(と思う)。

我ながら早業だったよ。

快速の座席の周囲の人は、
この人さっき座ったと思ったら立って、
またすぐ戻ってきて、
しかもさっきは持っていなかった本持ってるし、
ってな具合に思ったのではなかろうか?

ついてないはずの一日が、
一瞬にして帳消しになり、
ミッッションコンプリート感まで味わえて、
今思い出しても「やったね」と、
プチ達成感を覚えるのであった。

●ちなみに本のタイトルは、「サイエンス・インポッシブル」(ミチオ・カク著、NHK出版)●TPP関連でこれは必読「アメリカでTPPを推進して米政府を操る黒幕たちの正体」●もうひとつ。消費税10%上げ国際公約って、どじょうは何を考えているのか。正気の沙汰ではない。

遺志

30日は親父の13回忌だ。 あーそんなになるのか、 と言うのが率直な感想。 親父が亡くなる直前、 僕は酒を辞めた。 復職して最初のボーナスが出た日、 入院していた病院に行って報告した。 もう親父はかなり弱っていて、 ほとんど喋れなかった。 でも...